日系カナダ人独り言ブログ

当ブログはトロント在住、日系一世カナダ人サミー・山田(48)おっさんの「独り言」です。まさに「個人日記」。1968年11月16日東京都目黒区出身(A型)・在北米30年の日系カナダ人(Canadian Citizen)・University of Toronto Woodsworth College BA History & East Asian Studies Major トロント在住(職業記者・医療関連・副職画家)・Toronto Ontario「団体」「宗教」「党派」一切無関係・「政治的」意図皆無=「事実関係」特定の「考え」が’正しい’あるいは一方だけが’間違ってる’いう気は毛頭なし。「知って」それぞれ「考えて」いただれれば本望(^_-☆Everybody!! Let's 'Ponder' or 'Contemplate' On va vous re?-chercher!Internationale!!「世界人類みな兄弟」「平和祈願」「友好共存」「戦争反対」「☆Against Racism☆」「☆Gender Equality☆」&ノーモア「ヘイト」(怨恨、涙、怒りや敵意しか生まない)Thank you very much for everything!! Ma Cher Minasan, Merci Beaucoup et Bonne Chance 

【Japanese Boxing-themed Manga(ザ「我が国」)ボクシング・マンガ】 Le Joe de demain/Хадзимэ но Иппо/Do Your Best Genki≪Tyson Power!!≫☆Tribute to Mio Takagi 'Ramba'☆El Torito〈悪童〉Ayala『’カン’バック'Come'back』2016-2022《Malicious毒舌Tongue》🍁Канада加拿大캐나다★Дракон怒羅権Osama★


「ボクシングマンガ」について:われわれ世代であれば『あしたのジョー』(週刊少年『マガジン』連載)『がんばれ元気』(週刊少年『サンデー』連載)『タフネス大地』(週刊少年『マガジン』連載)『リングにかけろ』(週刊少年『ジャンプ』連載=はじめの方は、個々の場面でおかしなところはあったにせよ、比較的ちゃんとした高校「アマチュア」ボクシングマンガだった)2016年7月

そんなとこでしょうか?あと↑、『続・翔んだカップル』(完結)「映画」で鶴見辰吾(ボクサー)・薬師丸ひろ
子共演・・・もありましたが。こちらも前半はともあれ、いつのまにか熱血ボクシングマンガに・・・(この作者が一番「ふつうのボクサー」を描いていて、真実に近かったとおもいました=戦績も50勝(50KO)王座20回防衛なんぞじゃなく→21勝(18KO)1敗や15勝(12KO)1分といった感じで現実的)。後に参照する拳も鋼鉄なみの「一歩」選手などと違って拳の負傷のため東洋王者+世界ランク入りまでしていながら、再起不能引退に追い込まれサラリーマンに戻る。おまけに美人の恋人にもふられる(感動的な話でした)。
今はなんといっても『はじめの一歩』(週刊少年『マガジン』連載)となりましょう。イチイチ「娯楽・フィクション」「趣味マンガ」にナンクセをつければ、これまた2~3冊の本になってしまのは「歴史小説」といっしょ。それに「文句じじい」のイチャモン類をやらかす気は毛頭ないのをはじめに☆
影響力が一番大きい何作かに絞って今回は、

1『あしたのジョー』
ークロスカウンター(ジョーのは「相打ち」=肉を切らせて骨をたつ)で「4倍の威力」とか。ウルフ金串の「ダブルクロス」だと8倍。「トリプルクロス」だと「12倍」・・・。
ーこんなことはありません(原作はちばてつやじゃなく、「ホラ吹き」「誇張」「でっちあげ」でしられる高森朝雄(梶原一騎)氏でございます(かなりちば氏ともめたとか)。
『巨人の星』(『愛と誠』マンガ)は梶原氏の原作そのもの「ジョー」はちば氏独特のユーモアがもりたくさん(『のたり松太郎』(ビッグコミック連載)がちば氏の原作)
ークロスカウンター。相手のパンチをかわして、打たせずに当てるからこそ「必殺」のカウンター。「クロス」に限らずどんなカウンターでもある。「ボディブロー」のカウンターも。
ー両手ぶらりで打たせて打つ。おそらく3~4戦でジョーはパンチドランカー間違いなしでしょう。「打たせないで打つ」これが鉄則なんです。打たれればハードパンチの一発屋。強敵であればあるほど痛んでしまう(『がんばれ元気』の火山氏(元アマ高校王者)もおんなじ(「打たれなれするため」全部打たせる(しかも「カウンター」の練習込み+「ハードパンチャー」に生まれかわる=めちゃくちゃ(苦笑)「失明?」の危険どころか連続KO負け病院行き(+再起不能?)間違いなし)。
ー「10階だて」くらいの新築近代化「白木ジム」はさておき、「日本ボクシング協会」もおんなじような巨大ビル。記者団が入り口に常駐。
ー「100%」梶原氏のでっちあげ。妄想です。水道橋後楽園ホールの側。オンボロビルの通路の一角にある「ほったて小屋」が「協会・コミッション」であります(あるいは変わってるかも・ただ梶原氏のような「おおがかり」はうそっぱち)。
ーさらに「原作」では、ジョーは死なずに廃人となり「白木葉子」(ジョーにコクった)の豪邸でゆったり隠遁生活を過ごす設定に・・・ちばが猛反対。「燃えカスなんか残っていない」世界戦を終えて、「燃えたよ。まっしろに燃え尽きた。まっしろな灰に」になった(しかも重症「パンチドランカー」・まさに「死」を覚悟して挑んだ打ちつ打たれつ。双方何度もダウンしあう大激戦)といいながら生きてるのはおかしい。梶原氏もしょうがなく妥協したとか。
ー「東洋チャンピン」や「世界戦」を控えたランカーが試合目前に、「スパーリング」(ホセやカーロス、金はいっぱいやっとるのに・ジョーだけ=代りに「ゴロマキ権藤」一同との「ヤクザ喧嘩」)をほとんどしないのもありえません。だいたい「100R」が最低平均(これまた『がんばれ元気』もいっしょ=関氏(山中で’野獣’化?(腰に’兎’をぶらさげてる)+洞窟に寝泊りして「ラブレター?」ばっか書いてる(笑))・海道氏(ロードワークはおろか練習すらしていない=代わりに「たばこ」ふかして試合前日、「過剰殺傷本能?」制御のため狂気の’ぶんなぐり’三昧=やっと眠れる(笑))・元気氏(故’とうちゃん’及びさまざまな「出会いめぐり逢い?」人々との思い出めぐり)=選ぶところなし)。
ーあと、あんなにゲロが出るほど試合前に食って飲んでたら、すぐ腹が痛くなって動けなくなる。ボディーを攻められたらイチコロ。 こんなとこでしょうか。

2、『はじめの一歩』
ージャブだけだろうと左右両方だろうと「葉っぱ」をあんなにつかんだりは「タイソン」や「デラホーヤ」「西岡」でもムリ。
ー普通のスポーツ用品店に「ボクシングシューズ」なんて売ってない(どころか関連は何ひとつありません)。グローブはおろか、バンデージもマウスピースも(売ってるのは渋谷の「センタースポーツ」だけ・でも今は「通販
」もあるから多少は違うかな)。しかも「宮田」くんがパンチャータイプの一歩に合った「ファイター用のシューズ」を選んでくれる(そんなシューズも特注でもしなければ存在せずです)。
ーあんなに一日中練習して、何回も「ロードワーク」になぞ奔走したらオーバーワーク(練習不足とおなじ悪影響がでる)。だいたい一日の練習は多くて「3時間」少なくて「1時間半」くらいが平均。走るのも(通常の練習とは別=選手の自主管理)日本選手は90年代ごろまでは「20キロ」「10キロ」(浜田、具志堅、大橋、平仲、竹原、畑山、井岡・・・みんなそんぐらい)。
ーアメリカ、例えばタイソンは「5・6キロ」。他の名王者もだいたい「4~6キロ」で切り上げます。
ーカウンターに勝る「カウンター」ってのでアゴがぐしゃぐしゃにぶっつぶれる。これも実行は不可能。仮にそんな感じであたったところで、急所だったらふらつく、ダウンする。そんなくらいでしょう。
ーキャンプでシャドーボクシング「5R」を「5セット」(そもそもそういう形でやることなどありません)=1R3分(休憩1分)=25ラウンドもやる選手など(また指導者が許可)ありえません。それに「キャンプ」とはあんなわきあいあいしたものじゃない。ボクサーは仲間がいても「孤独」「一人の戦い」なんです。
ー拳を骨折(ひび)したのを試合前に知っていて「麻酔薬」でやらかすなどムチャクチャ。「拳が潰れた」(とくに一歩選手のような「豪打者」なら余計に危ない。再起不能になる確率も高いはず)。
このくらいでしょうか。単なる「参照」と解説に過ぎません。
「ファイトマネー」について:
ーよく「チャンピオンになったら一生遊んで」と尋ねられるがありえません。
しょうがないことながらよく誤解されているので参考までに。
4回戦なら手取り「4~5万」(これは『がんばれ元気』で描かれているとおり)日本王者ならよくて「30~50万」・東洋王者(それより低い場合すらある)・世界王者(階級と相手は誰か?どこでやったか?全部異なります)。「世界王者」でも軽量級ならよほど何回も防衛しなればお金はもうからない(下に詳細)。アメリカの例(ヘビー級)・タイソン対ホリーフィールド第二戦・前者手取り「20億円」後者「30億円」。前座に出る軽量級王者たちはだいたい「500万から2千万」くらい。タイソンが稼いだ「手取り」はおそらく「200億円」くらいだとおもいます(それを全部使い切って「借金」に追われてるのも信じがたく悲しいですが=今でもドサまわりのような「観覧試合」(Exhibition)にでて小銭稼ぎに忙しい。残念な限り)。ホリーフィールドもほぼ同額くらい(こちらも離婚や養育費でもめてるとはいえ、敬虔なキリスト教徒の氏。たんまりお金は残ってるのは間違いないでしょう)。PS:ルイス対タイソンはルイス約「40億円」タイソンも「30億円」でした。
「世界チャンピン」になっても「防衛」を重ねないとおカネは儲かりません。
特に日本選手(日本は主要三団体のうちWBA・WBCしか認めず。「IBF」(84年から)に移った選手はライセンスが降りず事実上の「破門」となった。現在は「IBF」もふくめ第「4」の団体「WBO」(かなり落ちます(WBAから分裂)1988に設立)も認可している)は残念ながら「防衛」をあまりできない(前王者側に握られる面倒なマッチメーキングの権利。指名挑戦者やゴチャゴチャを片付けた3~4回くらい目からようやくまとまったカネが入ってくる(それでも軽量級・しかも「日本開催」ですので。例えば具志堅選手は5度防衛まで、風呂なしアパートで「とんかつ屋」バイト。辰吉選手も初戴冠後、「サウナ」でバイト)。
それでも多くて手取りにすれば初防衛戦で「100万円」6度目で「4~500万」?これは一概にいえませんので(あまりにも専門的過ぎます)PS:追加=たとえば輪島功一氏(12連勝(10KO)+6連続KO勝ち=31勝(25KO)6敗1分)など当時の「J・ミドル級」(今とちがって小さかった日本人男。重量級は「戦艦」と「装甲艇」。だから当然「ファイトマネー」もけたがちがう。軽量級でも強豪と戦い防衛しているのではわけがちがう=もっともうかる)。相手も後の王者ブラジルのミゲル・デ・オリベイラ(30連勝(21KO)無敗=46勝(28KO)5敗1分=1勝1分)+元五輪銀(60年ローマ五輪=タイトル獲得(判定勝ち)のカルメロ・ボッシ(伊)=40勝(10KO)8敗3分)だの銅(64年東京五輪・シルバーノ・ベルチーニ(伊)+12回TKO勝ちで防衛成功)=42勝(18KO)3敗1分)だの強豪ばっかり。そこで「6度防衛」(3KO)して合計3度世界王者になった。具志堅氏も出演してたバラエティー。輪島氏は「何億円かかしてはかえってこなかった(踏みたおし)・・・」(両者、ほんとうの元世界での「戦士」たち。人がいいんですよ(特に沖縄・北海道だから)みんな素朴で寡黙(特に現役時代は)。引退するとほんとうに人間がかわる(体型だけでなく)。再び「命がけ」(スパーリングだとて)。
ここでまた「マンガ」解説を入れますね☆
(2)、ジョー:
ー少年院で力石が暴走’豚’たちをぶんなぐって蹴ちらし。ジョーの脱走を阻止するところ(その前、豚小屋で殴ったジョーのパンチはちっとも効かず。他のに笑われていた)。あとの「牛」とおなじく(『北斗の拳』あの’ケンシロウ’渾身の一撃を顎に浴びた拳王ラオウの愛馬「黒王」とて、’たじろいだ’くらいだった笑)「タイソン」や「フォアマン」がベストパンチを当ててもおそらくびくともしないでしょう。『がんばれ元気』の天才関拳児氏・無敗無敵全勝(全KO勝ち)20度以上防衛?同じく元気も全勝(全KO勝ち)
ーヒグマを脳天一発パンチで「くま殺し」(それを背負って山からおりてくる)も関拳児無敵王者だとはいえ)
ムリな相談(熊殺し極真ウイリーでも「殺せ」はしなかった)。特に「ヒグマ」はボクサーの必殺パンチどころか、銃の連発でもそうは簡単に死なない。繰り返し襲い掛かってくる。狩人側全滅も少なくありません)。
ー明日のため第一「ジャブ」もあんな面倒な能書きに立脚。理論的にもおかしい打ち型はしない。右ストレートもそう。
ー元新人王13連続KO無敗の記録をもつ力石との第一戦。おそらくあれだけでジョーは再起不能。もしくはダメージが残り、打たれもろくなって。大成はムリだったでしょうまた「クロスカウンター」の最適チャンスを狙うために「打ちまくられ」「倒されマクラ」なきゃいかんことなど一切ありません。無関係。あんなのが一発当たった(しかもロープの反動を利用=反則です)「共倒れ」にはならん(しかも「30分、いや一日たっても
立ち上がらない。のはジョーだけ(苦笑)。おそらく力石をちょっとふらつかせる、か、うまくいってせいぜいしりもちをつかせる程度だったはず)。
ーこれは梶原氏得意の「いいかげん」「誇張」「無知」ながら。時に例に出す、「実在の」ボクサーたちのことも間違いがおおい。梶原氏の格闘技・最強自己系列でいくと。1、極真空手 2、キックボクサー・マーシャルアーツ(アメリカ。空手とキックをまぜたもの)3、他の空手 4、柔道 5、プロレスラー(猪木・馬場(笑)6、にやっと「ボクサー」(>_<; そんなに弱くねえよ・・・。
ー力石のムチャクチャ減量。タイトルすら賭かっていないジョーとの対決(無謀極まりない)「一戦」(それも下積みの「8回戦」時代に)のために「死」「命」まで賭ける必要もないでしょう。いかにあの時代とはいえ、もしどうしても強行したいなら、’ウェート調整’なりいくらでもあったはず。これは一歩もいっしょ。個人的「約束」のためにときには「拳が潰れる」危険を犯してまで、ほとんど独断で、方針を転換(ありえません)。ボクサーが目指すもの。ふつうは「高校友情ど根性物語」あるいは「大学生サークル」合コン延長式、女のとりあい酒飲み一騎打ち(タイマンの延長?)ではなく「世界チャンピン」なハズ。
『はじめの一歩』(2):
ーまず、一巻で「鷹村」選手がいじめっこたちから一歩を救う場面。あんなすれ違いざまに5~6人もいる相手の学生服「ボタン」をぜんぶかすめとる(気づかれもせず)「旋風機かおのれらは」(伊賀忍法「おぼろ影」式?笑)。これも「タイソン」「パッキャオ」「辰吉」でも実行不可能。たとえばよく他のもふくめて「ハエ」をつかんだりパンチで吹っ飛ばしたりがあります。『がんばれ元気』など(むこうみずな素人考えの典型。ボクシングの練習に「葉っぱ」「ボタン」「ハエ」*などまったく関係しません)。これまた「趣味」の読み物ですので森川氏の。彼はボクシングに詳しく。ときどき解説ゲストにも呼ばれている。だからどうなんでしょう?「カマトト」→しょせん「商売第一」主義?
*日本「蝿」=特に「敏捷」さ北米の3倍の「日本」(こっちは’虫’すら動きは緩慢であります(苦笑)バエ相手にはできもしない相談(「つかまえる」ことはできるかもしれませんが)タイソンだとてせいぜい日本に来たとき「鳩」をつかまえて「反射神経の鋭さを示した」(91年、二度目の来日)程度。
ー「一歩選手」はタイソンスタイルがすべて基本になっている(これは描かれています)。しかし「ウィービング」*(頭を振る)の練習を公園の「鉄棒」でやる必要などありません(逆に頭をあてて負傷したらもともこもない)。ふだんは大抵「ヒモ」か「細い縄」をはって「ジム」でやるもの。特にタイソンの場合、あの動き(通常のウィービング)に加え、「ハノ字」型といわれる左右への頭の振りと半々(そっちも描いてほしかったです。一読者としては)。さらに「ダマト・タイソン」時代なら一番(ナンバーシステム)の鉄則。「左ジャブ」「左ストレート」から入る。これもまったく無視されてる。
ーロードワークはジムでの「練習中」、勝手に何度も飛び出して行って走るものではない。タイソンは4時起床、5・6キロ走るのが日課だった「なぜまだ暗いうちに走るかといえば、他の選手たちがやっていないことだからだ。いくばかの強み(優位性)をぼくに与えてくれる」「(試合前の厳しい鍛錬について)むろん楽しい。だが、たまに飽きるときがある。とにかく、ひたすら同じこと(全てを最初からやり直し)の繰り返しだから」。日本の歴代王者たちも、みんないっしょ。特に日本選手は約3倍も走った。毎朝、全回出した歴代チャンプたち以外でも渡嘉敷、辰吉、薬師寺、飯田、戸高・西岡などなど、前述した「選手の自主管理」においてもっとも重要なこと。(’専業ボクサー’(無職)鷹村氏や木村氏などと異なり)「早朝」仕事に行く前にみんな走る。これまた「ジム」(われわれの頃は「道場」に近かった)あんなに「シモネタ」まんさいでニコニコ、爆笑なぞありえない。あんまり選手同士で「冗談」はおろか、「おしゃべり」(しかも練習中)など論外。話などもあまりしない(練習後の一斉掃除が終わってからせいぜい)。
*しょせん、殴り合いです。血もながれ顔や口もきる(脳に打撃も加わる)。「健康」「ダイエット」のためにやるのは「ボクセサイズ」みたいな「趣味」だけ。あと「ヘッドギアー」についても大きな誤解。あれは別に「パンチの威力」を軽減させる(多少は違うのカモしれんけど)用じゃない。バッティングや切ったりの「傷」から頭と顔面を守るもの。同じく「マウスピース」=口の中を切る=ためじゃありません「舌を噛まないよう」。
ー「宮田」くんは「カウンターパンチャー」として一世を風靡したさる日本選手のこと。「間柴」選手はハーンズという6階級王者(アマ155勝8敗・デビュー以来・32連勝(30KO)・確かに「フリッカージャブ」のことはだいたいあっています。しかし「なぜ?」「なんのために?」の説明が不十分だし誤解している。あのスタイルで重視されていた遠い距離からどんどんまっすぐの左右ストレートを放つコンビネーション。その中に鉄則として「ボディーブロー」が抜けている(タイソンもいっしょ。ボディーブローが強打の連続に半々くらいに組み込まれています)。まあ、「娯楽・趣味」だからしょうがないですけど。
ー「宮田」くんの「カウンター」について。これまた「とにかく毎日打たれぶっ倒され」学んだそう。おそらくデビュー前にボロボロ。廃人の可能性ありです。「打たせずに打つ」の鉄則から外れ、「危険」な設定へ持っていく傾向は日本的(ボクシングをあまり知らない)「カミカゼ」方式といえるでしょう。あの「カウンターに勝るカウンター」もジョーの「ダブル」「トリプル」クロスの空想展開といっしょ。
ーまた全日本新人王戦に先駆け浪速のロッキー」が拳の負傷で棄権しそうな一歩選手のもとにわざわざ単独上京して(これまたシモネタまじり)「果たし状?」を突きつける→「会長」「指導者」に断りもなく、ありえません。日本の「ジム」とはアメリカ(いずれ相違を詳しく☆)などと正反対の構造。「ジム」に所属しなければ試合にもでれない。「選手」にあまり自由などありません(また「指導者」なしに「選手の自主管理」で「キャンプ」も行うなどムチャな話)。
ーくわえてふつう、「選手同士」で勝手に「教えあい」「助言」なども厳禁なはず(キャンプの「5セット」25R方式「おらっ、ギャーギャーいうとらんで鏡の前に並べっ!」)鷹村氏が木村氏に「おめえの左フック。角度あめえぞ。こうだよ、こう」と訓示をたれた(独断専行の越権行為)。「会長」と「トレーナー」の指示に従うこと。
ー(いきなり後方から幕の内氏の「巨×」を’わしずかみ’にした後)「そういうなよ、もう少しで俺はシャワーも浴びられなくなる」(試合前の「減量」も大詰め段階→乾き切った体が水分を吸収してしまうのだそうな)と鷹村氏がさびしげに独語→「ばかばかしい(-_-」「人間のCerebrum脳Brain(おなじくDerma皮膚Skin)とはそんな単純な構造じゃない(古畑任三郎・神宮先生言)」⇔まさしくです、外部から「水分」を吸収なぞしない~♪ぼくの先生はフィーバー~♪『熱中時代』文学者(劇作家?)八代先生(山口崇氏)→水谷豊氏を「睡魔の虜」にしてしまったシナリオ?の回(子供たちの’受け’も悪く)かわいそうやった(;_;笑)。
ーあのアマ74戦無敗・元全日本学生チャンピオン故カマチョ*早見選手(初回一歩選手の豪打にあえなくKO負け)。彼の方が一番楽しみだった。ユーリと「浪速のロッキー」じゃなくて同門ながら早見とやってほしかった。元アマエリート東西対決。あと、あんな左アッパー日本人じゃまず打てないよ(しかもカウンターでなんて)・・・。

*(不幸にも素行の悪さは晩年もいっしょ。2009年。麻薬がらみの銃撃戦で祖国プエルトリコで射殺。アマではゴールデングローブ優勝、ニューヨーク育ち(スペイン語はあんまりうまくない)生涯戦績:79勝(38KO)6敗3分=享年50歳。
*皮肉にも無二の宿敵だった同国人チャポ(ニューヨーク・タイソン(元同僚)は無冠時代(19歳)、前座に出場=初回KO勝ち)もとっくに死んでしまった(享年34歳・動脈瘤の発作・麻薬の過剰摂取・朝、両親の家で死んでいるのを父親が発見)。スーパー対決(28勝(15KO)無敗のカマチョ対チャポロサリオ23勝(19KO)1敗の前王者・5回と11回に左フックから猛連打。もう少しでノックアウトできた。ながら判定負け・ひどい地元判定。
ー トア・バハ出身・英語なぞむろんできない・平仲が初回ストップした選手)突然の訃報前、別れた奥さん宅へ子どもたちに会うため「不法侵入」し、逮捕された・でも再起後3連続KO・世界ランクに戻ってデラホーヤとやりたいといってた。47勝(41KO)6敗(19歳で18連続KO無敗・25連勝(24KO)=公式戦は20勝(19KO)・20歳で戴冠。ライバルのいっこした(ずるがしこいクリンチばっかりの「超特急」と違ってハノ字に空いたガード(そこをチャべスがボディーブローで攻めた)とカウンターパンチャーである以外はタイソンにちかい。鉄壁の防御と最強の一発パンチャー。前年同胞バスケス(56勝(41KO)9敗2分=渡辺雄二を6回KO)の取りまきで来日。全然注目されなかったけどおそろいの日の丸の鉢巻をしてチャンピオンベルトを掲げ。先頭でリング入り・・・ジムでもいっしょに練習してさすがに往年の天才的勘と切れ速さは衰えたけど。まさか「動脈瘤」(防御勘天才でも併発する危険大・パーキンソンや網膜剥離といっしょの「職業病」といっていい。この選手の全盛期はまさしくそうは簡単に当てさせず。一発のカウンターの破壊力は左右どんなパンチでもミドル級なみ・平仲選手が勝ったのはもちろん偉業・けどその頃はもう晩年・試合によってムラがあり・悪い癖・相手をなめていた)。ボクシングはあんまり「ニコニコ」浜辺で「花火」やったり、ロードワーク中に’ビキニ女性’2人組の「(巨?)ケツ」を目指してダッシュなんかしないんすよ・・・(~_~; ボクシング=殴り合い・野蛮・野獣=人並み以上のスケベ男に違いない(無知と偏見)=ラウンドガール(一枚一枚薄着になっていく?)・・・プロのイベント&「お客さん用」です。
ーあの旧ソ連から来た選手(ユーリ・アルバチャコフ・世界選手権優勝アマ世界チャンピオン・165勝21敗・プロ24勝(15KO)1敗・防衛9度(3KO))。

ー帰国するとき一歩選手が見送り→「私の国にプロボクシングはない」から’引退’をほのめかす。これまたあの時点ソ連社会主義はすでにコッパ微塵に粉砕。「プロ」はロシアにも旧ソ連邦構成共和国どこでもあった。さらに「北朝鮮」でも「プロ」はあります(「鎖国」内とはいえ日本でデビューしたバルセロナ五輪金のサウスポー巧打者崔 鉄洙(チェ・チョルスChoi Chol-Su)최철수選手もプロ「世界王者」(北朝鮮内だけながら)になりました)。
ーそれに「日本」を離れたとてユーリ?選手ほどの元トップアマなら、アメリカ、欧州(ドイツを主戦場にしている旧ソ連エリートアマたちは一番多い)、豪州といくらでも選択はあったハズ。
最後に:
また、海外での日本人選手世界戦14勝117敗。海外では本当に弱い(それはボクシングだけでなく「島国」「自分の土俵」から出た、ことを考慮)。
ーこの14勝のうち沖縄出身選手が占める割合:
1、具志堅の先輩上原康恒(初挑戦敵地ハワイ(地元の英雄王者ビラフロア(フィリピン)に2回KO負け・次、デトロイト・ジョールイスアリーナ。スーパーファイトのセミファイナルで11度防衛の安定王者セラノ(プエルトリコ)を6回右フック一発でKO戴冠)*
2、平仲明信(初戦イタリアでアルゼンチン王者に挑む。3回に2度ダウンを奪いノックアウト寸前。メイラーン氏と似たような独断専行、ヘマをよくやるレフェリー(ジョン・コイル氏)が邪魔したためチャンスを逃す。ダウンを奪い返され12回判定負け。次はメキシコシティで衰えたりとはいえ「カリブの天才パンチャー」2階級で合計4度王座についたプエルトリコのスターを初回ストップ勝ち。見事でした)。*弟の信敏氏は2000年、不幸な交通事故により亡くなってしまいました。兄は「弟には厳しい鍛錬を課してきました」と涙を流していました(享年31歳(サウスポー)元日本王者(松本好二(サウスポー・世界に二度挑戦)から最終回ダウンを奪い、判定勝ちで獲得)世界に二度挑戦(ロハス(ベネズエラ)ダウンを奪うも12回判定負け)エスピノサ(フィリピン)8回TKO負け)どちらとも(強打のスター選手)相手が悪過ぎた。生涯戦績:18勝(11KO)6敗1分、アマ戦績:45勝(37KO・RSC)5敗)。
3、沖縄とは無関係ながら。西岡利晃選手は世界的難攻不落の強敵相手に3勝(ラスベガス・メキシコ・ラスベガス)メキシコの敵地で地元英雄戦慄の豪打者を4回、左一発であお向けに倒しロープ外に叩きだす金星☆あとは「117敗」。では、みなさま☆平和祈願☆安楽熟睡☆熱射病などお気をつけくださいませ。

タイソン二度目の来日:初黒星について:
*1実際はタイソンの「8回KO勝ち」。練習不足、調子は優れずおされっぱなし。しかもスタミナ切れ。起死回生の右アッパー一発でダグラスを横転させた。あのメイラーンレフェリーは数々の大試合で、似たような不細工をやらかした「おかしな」レフェリー。一般にいわれる「ロングカウント」。正確にはボクサーがダウンする。その瞬間からタイムキーパーが「1、2」とレフェリーに手示しを送る(見えやすいように白手袋着用=それを引継いでレフェリーはカウントをはじめる)。メイラーン氏がカウントを数えはじめたときすでに「3~4」。そこをまた「1」から数え始めた。ダグラスがふらふら立ち上がったときですら「9」(実際は「12」)。さらに、義務づけられてる「ファイティングポーズ」も「続行可能」かの問いすらせず、「OK!」とおっぱじめさせた。こういう奇妙なことたくさんするんです。とくに「ビッグ・ファイト」で(>_<; すぐにゴング(「(次の回で倒せなかったのは)I was very tiredとても疲れていた(苦笑)Tyson」10回逆転KO負け。初黒星37勝(33KO)1敗。
ーさらにむかし「ロングカウント」で問題になったヘビー級の試合があった。その場合は倒した方がレフェリーの指示に従わずにうろつきまわったのが理由。タイソンはちゃんとニュートラルコーナーに立っていた。試合後「もちろん終わったと確信してた」とつぶやいてた。

*2師匠ダマトの死(1985)続いて兄貴分共同プロモーターのジム・ジェイコブス氏も病死(88年)。21歳。全盛期最後の大一番。無敗のマイケル・スピンクス(31勝(21KO無敗・アマ・兄レオン(L・ヘビー級・8戦目でアリを破る金星)とともに兄弟初の「金メダル」76年わがカナダモントリオール五輪(ミドル級・プロ入り後L・ヘビー級王座統一)との決戦前夜・・・タイソンが取材に答えた言葉、「ジムがいたころは誰もぼくに近づいてこなかった・・・今はいろんな人たちが「助けてやる」「頼っていいぞ」と取りまいてくる・・・現状はそれほど悪いわけではないんだ。ただぼくひとり「正気」でまわりはみんな狂ってるように感じる・・・(21歳。素朴な青年だったんです。後、不幸にも彼の代名詞になってしまった「問題児」「罵詈雑言・暴力的」・・・当時は口数も少なく寡黙。毎朝走りがんばって練習していました。女癖はその頃から悪かったけどボクシング一筋。ですので、精巧に組み立てられていた「ダマト・タイソン」スタイル。スピンクス戦以降は「ただの雑い一発屋」(ジャブも出ない。連打もない。バランスも悪い)「打たせて打つ」ハードパンチャーとなってしまった。40歳までの終身戦績50勝(44KO)6敗2NC・・・「マニアの一人」として残念でならない。21歳の時点で。まだ発展途上「70%」ほどしかできあがってなかった「ダマトタイソン」・・・その後は、彼の潜在能力「50~60%」程度でしょう。興味がある方は、Youtubeにていくらでも「ダマトスタイル」時代から「ふりまわし一発パンチャー」になってしまった後が出てきます。見比べてみて下さい。悲しいです。
元トレーナーのルーニーー氏*2001年のインタビューで「頭もふらず上体の動きもない。本来あるべきスタイルで戦っていない。今の彼はただのパンチャーだ。もし彼に打たれたらKOされる、でもあなたが当てたら逆にノックアウトできるでしょう」というもの。*(アマ200戦・ダマトの兄弟子・同門の兄弟みたいな育ち(ただ白人アイルランド系・ダマトもイタリア系)プロ元世界ランカー21勝(7KO)4敗1分。日本にもなじみのある2人と対戦①三冠王の故アルゲリョ(自殺享年51歳・ロイヤル・小林18勝無敗(16KO)を5回KO)に2回KO負け②三原正を6回3度倒す圧勝でタイトル強奪の故デビー・ムーアに7回TKO負け(初黒星)。
*スピンクス兄弟・億万長者マイケル(本当に兄を敬愛し、目標にしていたんです。だから自分のキャリアを休んでまでセコンドについてた「やったぞ!俺の自慢の兄貴がアリに勝ったんだ!!」(かつてよくいじめっこから助けてもらったそう)レオンの人生はもっと悲惨。今は息子が世界王者になったりもあるけど。契約とオカネに翻弄された生涯。ファイトマネーの70%は他にとられてしまう。だからその前に使っちまえと派手にやらかした。カネがあるところには人がくるものです。まさに「カネの亡者」。おかげで肝心のリマッチでアリに判定負けで雪辱を許す。ラリー・ホームズに3回KO負けした頃が峠。あとは不幸にも「猪木」「大仁田」とボテボテキングコングみたいなあわれないでたち。

*上原康恒選手(27勝(21KO)5敗)は弟のフリッパー・上原(13勝(4KO)5敗1分=元日本王者・敵地アフリカのガーナでデビッド・コティに挑むが惜敗(11回TKO負け)。2度目は地元沖縄・那覇でラファエル・オルテガに挑戦。判定負け)ともども五輪が期待されたほどのアマ名選手。みごとな戦績。特に兄上原が一発KO戴冠する一試合前、セラノ(50勝(17KO)5敗1分)は「日本」で風間清(バトルホーク「春の陣、三連敗(①中島VSサパタ(判定負け)②ルハンVS磯上(9回TKO負け)」「期待の風間も世界の壁にはね返される」上原とはアマ時代3勝2敗)を相手にせず圧倒(風間(18勝(7KO)8敗4分け)は1年のブランクもあるセラノのビデオをみて、完全になめていたそう)13回ムチがしなうような左右アッパーの連打にさらされストップ負け(「完敗です」=試合後の風間言)。

キリがない「ヲタ」(同人誌向けを慎むを忘れず)なのですけど:もうひとつ悲しい話を。

ー不幸な事故死。NY出身の黒人。モスクワ五輪代表・9戦目で三原をKO・3度全部ノックアウト防衛(二度目は秋田で工藤から大差の判定でタイトルを奪ったアユブ・カルレ(ウガンダ)アミンの暴政時代にデンマークのコペンハーゲンに難民として保護。アマ世界王者・プロ4度防衛無敗の35連勝(18KO)スター選手に負けてムーア戦時は40勝(19KO)輪島功一と一勝一敗のアルバラードを初回KOふくめ)に10回TKO勝ち=12戦目(9KO)次戦にてデュランに8回KO負け(タイトル喪失)自宅前の坂道、路面が凍結していた。ロックしてしまい下がってきた自家用車を止めようとして巻き込まれ即死(享年29歳)悲しい最後・ボクサーは結構不運な悲しさがいつも取りまいてるんです。対人が苦手な人も多い。

「ムーアとの無敗対決・世紀の一戦」とさわがれた、さるテキサス州サンアントニオ出身のメキシコ系天才ボクサー。21歳・アマプロ無敗22連勝(19KO)・世界一位を3回強烈にノックアウト(世界挑戦経験者のアルゼンチン出身サウスポー)。でもアヤラ(父シニア*兄マイク(元世界ランカー)親族ポーリ(辰吉と対戦・6回負傷判定負け)*幼児虐待や性的暴行を受けた不幸な育ちで。酒と薬、暴力衝動(感情を抑えられない)にまみれ大問題児。前述の故ムーアとの無敗対決(指名挑戦者1位)が楽しみにされていた。ただ上の前哨戦前、泥酔したあげくの住居不法侵入(真夜中)、婦女暴行事件を起こして2度の前科。アル中リハビリを受け、前哨戦でKO勝ち。世界戦を1カ月後(「次は彼の番だ。もう言い逃れの余地はないぞ(アヤラ)」「もう彼の名前は聞き飽きたよ(ムーア)」)に控えたある日またおなじことを・・・当然有罪、懲役「35年」の実刑判決(後、「30年」に減刑)塀の中に消えた。しかし36歳となったが(あたまは禿げ上がっていた)模範囚として刑期の半分を終えた時点で仮釈放が認められ、15年ぶりに出てきた。6連続KO勝ち。元世界王者との一戦で拳を痛め8回終了棄権TKO負け。プロアマ初黒星。けれど8千万円のファイトマネー。待ち続けた奥さんと新居も購入。私はこの更正ぶりにうたれ日本の同人誌に投稿が載った。まったくもって「塀の中へ逆戻り?」(ボクシングマガジン)これほど人が嫌いになったことはなかったかも。2000年になんと18歳の顔見知りていどの女性宅に真夜中不法侵入。しかもまた「泥酔」状態ー彼女は人の気配を感じ目を覚ました。暗闇の中に誰か立っている。アヤラだったー「なぜあなたがここにいるの?」「きみに会いに来たんだ」「(護身用のライフルを構え)それ以上近づくと撃つわよ!」「なぜ、ぼくに銃なんか向けるんだ」とさらに進み出たところ(→肩を撃たれ、倒れる)そのまま駆けつけた警官に逮捕された。婦女暴行未遂などで有罪(アヤラは「やらせ(かまかけ)」と主張→信憑性0%)執行猶予中(当然収監されたが、「72時間」の社会奉仕を命じられただけで保留)に3戦(2勝(1KO)1敗KO負け)。再起戦は左肩に銃痕が残り、ふくらはぎには探査装置がつけられた(逃亡防止と州内のみの行動(飲酒及び)夜間外出禁止)無様な格好でリング入り(10回判定勝ち)。2003年。無免許及び酒気帯び・麻薬使用での自動車運転(しかも信号無視)。逮捕された後、車内では大量のチャイルドポルノ雑誌やDVDが発見された。15年の刑。2014年、シニアが死んだとき刑期はあと二週間。特別許可で葬儀に出席(あの元奥さんもいたのにびっくり)。涙を流していた。その直後、出所。いっさい公にでず。親族のジムトレーナー手伝い。覚醒剤の過剰摂取(OD=Overdose)で死亡。享年52歳)。でも「ケンカ」じゃない。試合後みんな笑って抱き合うでしょ。健闘を讃えあって。ボクサーは現役中はあまり話はしないんです。ゴロマキ権藤氏談=「元ボクサーと現役のボクサーじゃ雲泥の差があるんだよ」まさにそのとおり。ボクシングヲタはこの辺で☆一般読者の方すみません☆

ひとつ助言。辰吉批判でもなんでもない。無理からぬことながら。アヤラが「Rematch(リマッチ・再戦)してくれるか?」と何度もたずねてました。わからないのはしょうがないこと。ただこうしたばあい「ワンモアーOne Moreでは通じません。事実肩をおとしてリングから降りようとしているアヤラには伝わっておりませんでした。だから「リマッチ」。これからのために。
ー特に康恒兄は「日本人キラー」(全勝いつも大勢ひきつれて物見遊山旅行気分で来日。柴田がタイトルを奪取するまえ)とよばれたリカルド・アルレドンド(浜田と一勝一敗長身の強打者レネの長兄=事故死・次兄千葉(ロベルト)アルレドンド(元日本王者・兄と弟ほどの才能はなかった)を後楽園ホールでのノンタイトル。一方的に攻めまくりノックアウトこそ逃したが何発も有効打を食らわせ(敬愛する沖縄・琉球魂の真髄)大差の判定勝ちの金星(氏の「一発」の破壊力は後輩大学・社会人王者五輪(ロス・ソウル)二回出場の「一発屋」(東京生まれの沖縄人東悟)のパンチャーとおなじぐらいの威力)。デトロイトはいったことないけど。こっから車で4~5時間です。ハワイでの初挑戦。初回上原の右ストレートが前に出てきたチャンピオンの鼻っ柱をドスンと打ちぬく。明らかにきいていた。上原は強気の打ち合いに出た。それが裏目に、サウスポー戦慄の強打者ビラフロアは打ち合いならまず負けない。初回に倒され二回、再びダウンを奪われ痛恨のKO敗。だから本当に嬉しかったです「夢のような30歳・天国のおやじみてくれ!」(クエバスVSハーンズ(ハーンズの2回KO勝ち)ケンティVS呉(ケンティの9回TKO勝ち)ばかり(デトロイトスタイル好きなので)考えてたら、中央線のなかで前の人が読んでいた『デイリースポーツ』の大きな見出しと写真が目に入った。おもわず「やったあ~」って朝っぱらから大声(の小学生’拳キチ’番外編)☆一般読者の方、失礼しました。ロイヤル小林氏(ミュンヘン五輪代表(ベスト8進出)アマ32勝(27KO/RSC)5敗・プロ世界フェザー級王者・35勝(27KO)7敗)とならんで一発パンチの威力はすさまじかった。

ところで↓「ロッキー・フル朕」さん(「フ’リ’チンとかいう野郎はおめえか?(-_-次元大介『ルパン三世』」)おそれおおくもタイソンやチャべス(デビュー以来89連勝(74KO)3階級制覇)、ジュー(ユーリやナザロフと同じ国家強化合宿時代からの親友。ユーリ(世界選手権モスクワ大会・89年・金)豪州(アメリカと日本を蹴って)デビューのジュー(祖父のひとりが韓国系のハンサム・同シドニー大会・91年全部ノックアウトで金)。スカウト合戦でオーストラリア。アマ259勝(178KO・RSC=レフリーストップコンテスト)11敗・ソウル五輪三回戦敗逮・ユーリ同様アマ時代「北朝鮮」で開催された大会にも出場)プロでも二度戴冠’(合計10度防衛(8KO)31勝(25KO)2敗1分)が真ん中で拳をあわせてる写真『タイム誌』。てめえだけ余計なんだよこのやろう「ロッキーのヌードRocky's nude」(題名思い出したよ。エロ本ごろごろの悪友の家で読んでたらでてきた(’エロい’目つき、淫らなポーズで露出した「股間」を両手で隠しよった(ゲゲ~!「ふふふ、食ったな呪いマンジュウ」(北京ダック)ウゲ~!ゲア~!ウゲゲ~!『魔太郎がくる』)10ページぐらいあってまいっちゃったよ・・・)。マッチョの中のMucho Machisumo 兼Racist(イタリア系がデカイ黒人をぶっとばす。死ぬのはいつも黒人)。あんたは人格としても低俗なのでは(他のコブラだアフガンもふくめ)。軽蔑します。きょうはいささか荒れてまして・・。失礼しました。

PS:7月26日、新番外情報
ひとつだけニョドオ氏の「音楽」は大好きだよ。とくに「Hearts on Fire」なんか。いっつもタイソンや他のスターたちの紹介でかかってたから。いつもiPodで聞きながら走ってる。おもろいもんだね。たぶんおおくの「マニア」はいっしょ。現れるのは「真のマッチョ」だけ。マッチョザ・超特急チンチン・シルベスター氏など0・5秒
すらあらわれたことない。でもさあ、「ロッキー5だかバルボア」だかわからんけんど。共演故トミー・モリソン(元WBOヘビー級王者・左フック一発の破壊力はすごい・でもこれもインチキ「師匠」に似て、根性不足で打たれ弱い(48勝(42KO)3敗1分・ジョン・ウエインの甥)。フルヌード家元にもどれば、脳内出血・事業失敗・財産喪失・貧困地域(黒人もおおい)。息子はいじめられるけど「朕怪力腕相撲」とうちゃんの「マッチョ式」生きかた伝授により強化。女の子にもモテモテ・・・おれの相棒NY黒人とみてたから怒り狂ってたよそいつ(笑)。
おまけに(なんぼ「脳内出血」だかしらんけんど)「路上喧嘩」がクライマックスってのは・・・+↓

ガッツ石松『’カン’バック』ってなに?「カム」じゃないの?「Coming Back」でもないし「Come back came back」「カン」ってのからしてすでにスタローン氏の日本版。残念ながら内容もちがった次元でひどく、興行的にも大失敗。グレたガキ(別れた栗原小巻女史(竜雷太氏妹役)との間?)なんぞぶっ飛ばしてメシ食わせりゃなおる+こずかいあげて「鬼怒川温泉」連れてきゃいいんだ?さらにホント、ちがうところで抱腹絶倒させてもらったよ。特にグアム旅行「グアムはよかったねえ~(しみじみ)グアムは(;_;・・・」(「病臥」中?のお母さん役・風見章子女史)ゴリさんや高樹澪(~♪ダンスはうまく踊れない~Gonna TIGA!(ティガ勇気が今足りない)
take me higher~♪で「出動(-_-」ってのはびっくり。お久しぶりでえねえさん)①家族一同仲良く(小川で)「水かけっこ遊び」するところ(~♪太陽が昨日より眩しく照りつけはじめたら~♪?笑)あんなこといいとしこいてやる家族っているんかね。楽しさ満悦の風見章子女史のどアップがスローで2回のときはまあ、腹筋強化=転げまわった大爆笑だったよ②入口の上に大きな「カニ」がしつらえてある日本食「レストラン」に’中年家族’みんなで’キャッキャ’しながら「いらっしゃいませ~!!」(笑)③家族「モーターボート」クルーズ?としゃれ込む
(~♪潮風を追いかけて~♪)中年オッサン2人肩を組み組み「ウオリャー!!」とか手挙げたよね(失笑)
。PS:①ロサリオVS平仲戦の日本放送版でも「ちょっと早いんじゃないかな?」「これくらいで世界チャンピオンになれるならいいと思いますねえ~」とかストップにケチつけてた(憤慨+嘆息)。すべて自分自身の偏狭な経験からのみでしかものをいえない(事前の準備や研究心など皆無)。「現代ボクシング」の推移やルールのことなんかほとんど知らない(例えば4回戦の試合と世界戦でおんなじ解説するような人間)。アメリカ放送では一方的に打ちまくられてるロサリオを心配していた(レフェリーが試合停止するタイミングの話もしていた)。妥当な決断と解説してました(そしてロサリオ本人や陣営も抗議しなかった)②衛星放送でもノリスVSカリー戦について試合後(相方首藤正徳記者=正真正銘の専門家)。「このカアリ~ですかあ~、足が動かなかったですからねえ~。ボクシングは足が動かないとダメなんですよ」(カリーはもともとプレッシャーをかけながら、前へ出る選手。氏がいうような意味での「フットワーク」は使わないボクサー)③タイソンの刑務所収監中インタビュー「まあ、ちょっとお~にぃんげんふしん(人間不信)にぃ~なってるぅ~みたいですね」(そんな底の浅い’即席’「一般論」まがい(彼の生い立ちや経歴、そして降りかかった不幸及び悲劇などまったくご存知ない)で片づけられるような内実ではない怒)・・・↓

「どっきりカメラ」=「暴力教室」まさにです=’設定’はともあれ「一般人」「普通の人」(漫才師ゆーとぴあ(「うしろっ、聞こえねえよ」(「聞こえねえか?」)「おうぅっ」(笑)「おまえがボケだからよっ(^○^」「なにすんだこの野郎!」「もっと、おもしれえ話してくれよな」→「’おもしれえ’話もなにもできるかおめえ(怒)・・・そこをゴチャゴチャゴチャゴチャあーだこーだヤジ入れて。’演説’してんじゃねえんだこの野郎!(怒)」笑えたけどさ)とその弟子)に軽々しく「手を出す」(言語道断(たとえ’ビンタ’とて「元世界王者」のもの+ご自慢著作?『人生タイトルマッチ』弟を救うためチンピラ連中をぶっ飛ばした(しかも「現役中」)のも武勇伝にしちょったよね?(最低)井岡弘樹氏→現役時代、タクシーの運転手によるいわれのない暴力にさらされながら「プロボクサーとしての心を失わないよう心がけた」=無抵抗(反面教師)・・・まったくもって。この人あらゆる面で苦手+大嫌い(個人的な好み)2016年7月 平和祈願☆山田修 









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