日系カナダ人独り言ブログ

当ブログはトロント在住、日系一世カナダ人サミー・山田(48)おっさんの「独り言」です。まさに「個人日記」。1968年11月16日東京都目黒区出身(A型)・在北米30年の日系カナダ人(Canadian Citizen)・University of Toronto Woodsworth College BA History & East Asian Studies Major トロント在住(職業記者・医療関連・副職画家)・Toronto Ontario「団体」「宗教」「党派」一切無関係・「政治的」意図皆無=「事実関係」特定の「考え」が’正しい’あるいは一方だけが’間違ってる’いう気は毛頭なし。「知って」それぞれ「考えて」いただれれば本望(^_-☆Everybody!! Let's 'Ponder' or 'Contemplate' On va vous re?-chercher!Internationale!!「世界人類みな兄弟」「平和祈願」「友好共存」「戦争反対」「☆Against Racism☆」「☆Gender Equality☆」&ノーモア「ヘイト」(怨恨、涙、怒りや敵意しか生まない)Thank you very much for everything!! Ma Cher Minasan, Merci Beaucoup et Bonne Chance 

【The era of Koizumi】Satoshi Kamata/【Эпоха Коидзуми 】Сатоши Камата/『コイズミという時代』鎌田慧고이즈미 준이치로小泉純一郎⑧


わたしは番号通知書を返却して市役所に電話
住基ネットの住民票コードには、氏名、性別、生年月日、住所と新しく決定された11ケタの番号が記載されている。人間には自分の名前の尊厳がかかっている。名前以外の識別手段が存在するなど、まるで戦地にむかう兵士になった気分である。おのれの名誉と生命さえ、国家に握られた存在になりつつあるのだ。
東京郊外に住んでいるわたし自身、どのような番号になったのか知らないが、いきなり自分の番号が通知されてくる事態に、激しい怒りを感じさせられていた。送られてきた番号通知書をそのまま返却し、市役所の担当課長あてに電話をかけた。
その日は課長が不在とかで、電話口にでてきたのは課長代理だったが、「住基ネットには反対だから番号通知書は返します。国と自治体は対等なんだから、いやだという市民がでてきたら、国に対して抵抗しなくちゃなりません。そういう姿勢で頑張ってください」と強くいったら、なぜか「頑張ります」と応えたので、本気で頑張ってほしい。
10月16日には、片山虎之助総務大臣が横浜市の中田宏と会談し、横浜市の「段階的接続」を容認したという。横浜市でネットに不参加を表明した市民は、約80万人。この人数の不参加が国から容認されたことは大きい。
というのも住基ネットが完全に稼動するためには、「全国民」の情報をシステム登録する必要があるからだ。つまり市民の不参加を認めた住基ネットは、アナだらけで、スタート時点で破綻していた。
*Deutschドイツ語→Toranosuke Katayama (jap. 片山 虎之助, Katayama Toranosuke; * 2. August 1935 in Kasaoka, Präfektur Okayama(岡山県出身)
) ist ein japanischer Politiker der Nippon Ishin no Kai, Abgeordneter im Sangiin, dem Oberhaus des Parlaments, und ehemaliger Minister.
日本全国で住基ネット反対の動きが強まっている背景には、得体の知れない恐怖感がある。自分の名前が番号にかわりひとり歩きする。そうした異常事態にたいする拒否感。こうした感情が国全体に漂っている。
これまでならば、多少イヤだと感じても、「まあ、お上のやっていることだから」と市民は従ってきた。しかしイヤなものには従いたくないという意思が、大都市の市民を中心に育ってきている。イヤなことを個として拒否することは、市民社会の成熟を意味するし、すばらしいことだ。
1980年代から準備されていた「総背番号制」
こうした「支配する側の願いは」、住基ネット稼動のはるか前から存在していた。1977年、わたしは「ガラスの檻の中で」(国際商業出版)という本を出版した。情報による人間の支配と原発地域の住民支配について、当時の状況をもとに書いたものだ。
70年代、住民基本台帳の電算化にたいする抵抗運動が、自治体の労働組合である自治労を中心に盛り上がっていた。それはコンピューター化による、将来の雇用不安を訴えた反合理化闘争であり、電算化による国民支配への闘いだった。番号段階での住基ネットへの参加を見送った杉並区では、77年当時、区職労などが電算化に抵抗していた。

便利さと人間の尊厳は、引き替えにできない。そういう彼らの運動方針は、20年以上たった現在でも古びていない。住民基本台帳の電算化は、将来、国民総背番号制にむかう。当時、わたしをふくめた電算化反対派は、そのように危惧していた。そしてその予測は当たった。
政府および自民党が国民総背番号制を検討しはじめたのは、60年代の後半である。旧行政管理局(旧総務庁)を中心に背番号制が研究され、72年には実施される見込みでもあった。制度が中止に追い込まれたのは、国民へのプライバシー侵害を危惧し、マスコミや文化人、野党などが反対運動を繰りひろげたからである。
それでも自民党の情報産業議員連盟のデータ保護委員会で会長を務めた中山太郎は、「1億総背番号」(日本生産性本部)という本を書き、背番号制がいかに便利かを宣伝している。国民総背番号制をあきらめる気など、彼らにはなかった。

*中山太郎(日语:中山 太郎/なかやま たろう(大阪府出身) Nakayama Taro,1924年8月27日-),日本政治人物、醫生。曾獲頒勳一等旭日大綬章、學位為醫學博士(大阪醫科大學)Nakayama is affiliated to the openly revisionist organization Nippon Kaigi.
当時の厚生省と労働省(現在の厚生労働省)の幹部が、背番号制を実施するために研究をつづけようと挨拶を交わしたという話もある。背番号制を実施して、全国民を完全に捕捉しようとするたくらみは、ひそかに検討されつづけてきたのだった。
76年には東京都世田谷区、江東区、台東区、豊島区でプライバシー保護条例が成立。プライバシーを守るという名目で、地方から情報の電算化を進めた。情報の集約に反対がつきまとうので、自治体や省庁ごとに情報を蓄積していく戦略である。それから25年以上たち、各省庁には個別の番号で識別された個人情報がうなっている。
管理者用カードを秘密で持たせろ
住基ネット強化のため、2003年8月以降、各自治体はICチップ内臓の「住民基本台帳カード」を希望者に発行した。自分のコード番号がわからなくなった場合、コード番号の再通知を受けるのに膨大な手間がかかる。ところが「住民基本台帳カード」をもっていれば、カードの提示だけでサービスを受けられる。これが「IDカード社会」(個人識別社会)の未来の恐ろしさを隠した政府のデタラメである。
現在でさえ運転免許証や情報保険証が身分証明書のかわりに使われている。つまり免許や保険証の番号が他の情報とリンクしていれば、身分証明書の提示をもとめられた場合ー市立図書館の本の貸しだしや、警察の職務質問などーの行動が、データとして蓄積されることになる。「住民基本台帳カード」が身分証明書として使われればどうなるかは推して知るべしであり、身分証明書として使われることも疑いようがない。
このさいうさん臭いカードの研究も、じつは60年代からはじまっていた。当時IDカードと呼ばれていたものだ。国民総背番号制を推し進めていた各省庁統一個人カード分析会は、1970年6月に、つぎのような議事録を残している。「IDカードを国民にもたせるか、またIDカードがないと個人コードの統一化ができないかどうかといった問題については、将来統一個人カードを付与し、それを円滑に運用するためにはIDカードが必要となろうか、現段階ではIDカードの問題に直接ふれず、標準化を図ってゆく方針とする」つまり秘密にしておいて、人民にカードをもたせてしまえ、ということだ。
こうした卑劣な手口は、総背番号制の導入にも用いられる予定だった。70年代の構想では、国民の目をあざむくために社会保障番号を一本化するという名目が使われるはずだったのだ。たしかに人権にたいして強い意識をもっていた70年代から80年代の日本社会なら、個人カードの作成を全面に押しだすことなどできなかったはずだ。
ところが住基ネットでは、「社会保障番号の一本化」という目くらましさえなく、基本台帳のネットワーク化という理由で、住民のコード化が決定した。日本社会の現状がどれだけひどいか、この1件からでもよくわかる。

個人情報が民間に漏れるよりはるかに怖いことがある。
1949年、ジョージ・オーウェルは、「1984年」という未来小説で、独裁者・ビッグブラザーが、思想などあらゆるものを支配する「悪夢」を描きだした。その当時、まだコンピューターは普及しておらず、すべてを支配するなど未来の話だった。
*ジョージ・オーウェル(英: George Orwell、1903年6月25日[3] - 1950年1月21日[4])ことエリック・アーサー・ブレア(英: Eric Arthur Blair)は、イギリス植民地時代のインド生まれのイギリスの作家、ジャーナリスト。ミドルネームを排してエリック・ブレアとも表記される[5]。全体主義的ディストピアの世界を描いた『1984年』の作者である。『1984年』で描かれたような監視管理社会を「オーウェリアン」(Orwellian)と呼ぶ。
*『1984年』(1984ねん、原題: Nineteen Eighty-Four)または『1984』は、1949年に刊行したイギリスの作家ジョージ・オーウェルのディストピアSF小説。全体主義国家によって分割統治された近未来世界の恐怖を描いている。
*ビッグ・ブラザー(偉大な兄弟とも、英語: Big Brother)とは、ジョージ・オーウェルの小説『1984年』に登場する架空の人物である。
しかし現在、情報の管理と人民の支配は、権力者がコンピューターを操ることで可能となった。ネットがスタートした当時のメディアは、稼動にさいしてトラブルが相次いだとか、巨大なシステムがうまく機能していないなどといって、住基ネットを批判していたが、まったく筋ちがいである。トラブルもなく、すべてが順調に進む方が、トラブルが起こるよりもはるかに恐ろしい。トラブルのたびに、修正され、あるいはリンクするデータの範囲がひろげられ、国民監視体制が完成させられる。物事の本質には触れず、サマツな欠陥だけを書いて目くらましをする。それがマスコミのやり口だ。
住基ネットは、プライバシー保護の観点からも反対運動が繰りひろげられている。もちろん、そういった視点も大事だとは思うが、より怖いのは国民を管理支配しようとする国家が、一元的に情報を集め、個人情報のすべてが国家に保存されることである。
いうまでもなく支配する側は、支配されるものの情報を集めたいと願うものだ。一方、市民からみれば、情報はなるべく支配者に渡さない方が安全である。そういう緊張関係が、市民と国家の間には抜きがたく存在している。
大げさな話ではなく、情報が国家に集中管理されるというのは、強権国家の前段階である。それにくらべれば情報が民間に漏れることはよりちいさな問題だ。たしかに集積された情報が加工され、あるいは横流しされて、さまざまな形でビジネスに使われることもあろう。
しかし本当の恐怖とは、たとえば国家が徴兵制を導入した場合に、住所はもちろん体力や家族構成、職業、健康状態や学校の成績、思想信条、経済状態をコンピュータで検索し、有無もいわさず国民を目的に応じて召集できることだ。あらゆる情報をもつ国家に抵抗することは、きわめて難しい。
こうした不気味さを、国民は肌でなんとなく感じとっている。しかも政府が勝手に番号をつけて送ってくることに、わたしをふくめた多くの人が1人の人間として怒りを感じたのだ。ちなみに韓国では、80年代から背番号制が進められ、現実では氏名、性別、生年月日のほかに、本籍地や学歴や職務など70項目もの入力がおこなわれている。
この制度が導入されたバックグラウンドには、北朝鮮のスパイ事件などがあったのだが、スパイ以上に一般市民を監視する結果となったようだ。
個人データの利用範囲を2・5倍とした政府の本心
個々の情報がネットワークされた段階で、プライバシーは国に握られたと考えるべきである。一度、ネットワークをつくってしまえば、自己増殖して肥大化してしまう。もう後もどりはできない。
すでにその兆候はある。11ケタの番号によって住民基本台帳に記載された情報の利用範囲をリンクできる国の事業は、当初は「国民総背番号制」との批判をかわすために、雇用保険の給付や恩給・共済年金の支給など10省庁93件の事務に限定していた。
しかしネット稼動前におこなわれた閣議決定により、個人データの利用範囲を大幅に拡大し、パスポートの発給や不動産の登記、自動車の登録など11省153件の申請届け出にも使うことにした。合計で246事務。2・5倍にも拡大することが決まった。
このようになし崩し的にどこまで自己増殖していくかは予想できない。各行政にいるテクノクラートは、住基ネットをより便利に使いこなそうとし、個人情報の集積はますます進んでいくだろう。一方、こうした危険にたいするチェック機能は、行政手続きのオンライン化による利便性の前によどんでくる、というのが歴史の教訓である。
霞ヶ関の総務省が、国民の情報のすべてを握るという発想もおかしい。本来、地方自治体とは、中央とはちがう価値観や行政スタイルをもつべきである。それを認めず、情報は中央直結、従わないなら法律違反だと大臣が脅すなどという行為は、中央集権そのものである。
地方自治を拡大していくという、住民自治の正しい方向に逆行している。
オンライン化阻止こそが最良の道
そもそも個人情報を保護するための最良の方法とは、個人情報をむやみにコンピューターで一元化しないことである。これまでも個人情報を職員がもちだして、業者に売ったりするケースがあとを絶たない。法律だけでは防御できるものではない。
それなのに国民ひとり、人間ひとりにかかわる情報がオンライン化されてしまったら、危険が飛躍的に増すだけである。集積されたデータは必ず漏れるのだ。だから集積させておいて情報を保護しようなど、ドロボウに金庫のカギを渡して、盗むなといいふくめるような愚かさである。
これからできることは、これ以上の情報をリンクさせないように、国会で歯止めをかけることだ。もちろんIDカードなど廃止だ。それは70年代のように、プライバシー保護という名目で、データ化する項目をふやすことでは決してない。まず重要な情報をオンライン化しないこと、さらに情報のコンピューター化を限定すること。これこそがプライバシーを守る最大の方法である。いずれにせよ住基ネットは、崩壊させなければならない。
問題の根元は、自民党・公明党を巻き込んで改正住民基本台帳法を成立させた国会にある。1999年当時、民主党、社民党、日本共産党が反対したものの、全国的な運動にはならなかった。きわめて残念だ。

すでに始まった監視と強権の数々
「天才バカボン」の警官がやってくる
小泉の暴政のおかげで社会不安が強まり、治安維持を名目にした監視社会化がひろまっている。すでに東京の新宿・歌舞伎町や山谷、大阪の釜ヶ崎など、地域ごとの監視体制は強まり、大量の監視カメラが設置されている。

銀行、スーパーマーケット、町内会などでもふえた。高速道路や幹線道路などには、通称Nシステムと呼ばれる自動車ナンバーの自動読み取り装置が取りつけられている。クルマによる移動も、完全にチェックされている。
警察の犯罪者リストやNシステムの情報、厚生労働省の年金や健康保険の情報、財務省の税金情報、外務省の出入国管理情報などなど、つなぎ合わせれば、一個人の行動は丸見えとなる。不審尋問者をパトカーから、前科者リストにリンクする方法は、数十年前から完成している。
警官の警備も強化されることになった。01年に改正された「警察官拳銃使用及び取扱規範」には、「緊急時などには射撃の予告や威嚇射撃を要しない」と書かれている。つまり威嚇射撃によって相手を抑えることなく、いきなり発砲する警官が町を歩くことになったのである。このことを知っている国民がどれほどいるだろうか。
威嚇射撃もなく発砲できるのは、つぎのような場合だ。
①事態が急迫で、威嚇のいとまがない時 ②人質の危険が高まる時 ③予告しても相手が中止せず、発砲しなければ自他の生命、身体を防衛できない時
これによって市民の生命を守るよりも、警官自身の判断が優先されることになった。それで想い起こすのは、赤塚不二夫が描いたマンガ「天才バカボン」に登場する警官だ。なにか気に入らないことがあれば、「タイホする!」と叫び、あたりかまわず発砲していた男だ。このようなギャグが、現実味を帯びる時代になってきた。
*Русскийロシア語→Tensai Bakabon (яп. 天才バカボン, «Гений Бакабон») — манга Фудзио Акацуки, публиковавшаяся с 9 апреля 1967 года вплоть до 1992 года в журналах Weekly Shonen Magazine, Weekly Shonen Sunday, Shonen Sunday Deluxe, Comic BonBon и других.
*Omawari-san (お巡りさん):The local beat cop, referred to as Honkan-san (本官さん, lit. "Mr. Policeman") in the anime. He is gluttonous, lecherous, and often fires his pistol at random. He is always wishing for money or a promotion. His notable features include his huge eyes usually drawn as connected into one eyeball, his underbite buck teeth (from the jawbone), and his one nostril in the middle of his nose. His official name from Akatsuka is Mentama Tsunagari Omawari-san (目ン玉つながりのおまわりさん, Officer with the Connected Eyes). Voiced by Isamu Tanonaka (1st series), Kaneta Kimotsuki (2nd series), Shigeru Chiba (3rd-4th series, pachinko), Toshiyuki Morikawa (5th anime).
発砲の歯止めを外すことは、職務質問が暴力的になっていくことでもあり、相手の命を尊重することにたいする歯止めを外すことでもある。小泉首相のテロは特措法によって、自衛隊の海外派兵や武器使用の歯止めを外した。同時に国内では、警官の武器使用を拡大させた。内も外も発砲内閣である。こうした国家権力の強化と抑圧を国内・国外にたいして同時にはじめた体制は恐怖すべきだ。
小泉自民党と公明党・保守党が内外ともに安全装置を外したきっかけとして、拳銃取扱規範の拡大は、歴史的な暴挙である。

*Françaisフランス語→Le Nouveau parti conservateur (保守新党, Hoshu Shintō?), ou NPC, officiellement New Conservative Party (NPC) en anglais, fut un parti politique du Japon créé le 25 décembre 2002, successeur du Parti conservateur (保守党, Hoshutō?) ou PC.
人権侵害の親玉「法務・検察」が人権擁護にたって?
93ページで紹介した人権擁護法案もまた、国民監視を強める性格をもっていた。法案では、独立した権限をもつ人権委員会が、不当な差別や虐待行為などを調査し、被害者を救済することになっていた。
ところがこの人権委員会委員は、法務省の監視下にあって、たった5人、そのうち3人は非常勤である。2人の常勤委員で、もちろん全国すべての人権問題を担当できるはずもない。サブ機関として地方法務局が実務を担当することになっている。政府直轄の人権委員などとは片腹痛い。
いつも、はななだしい人権を侵害するのは、国家機関である。冤罪事件のように、無実の罪を着せられた被告に、法務省が手を差し伸べないなど日常茶飯事である。
また刑務所内での囚人への暴力的な処遇、あるいは入管における外国人への支配など、法務省の人権意識は地に堕ちている。身内の人権侵害の状況を、上意下達の「お役所」がどうやって改善するというのか。

心神喪失者処遇法と「共謀罪」の狙い
03年の国会でたいした審議すらなく成立したのが、心神喪失者処遇法である。過去に他害行為を行なった心神喪失者を、精神科医と裁判官の判断で国立病院に強制隔離できる、恐るべき法律の誕生である。
*공모죄(共謀罪, conspiracy)란 두 사람 이상이 미래에 범죄를 범할 것을 합의함으로써 기수가 되는 영미법상 범죄이다. 최근에는 공연한 행위를 요구한다. 공모죄는 공모를 통해 계획한 범죄를 범하더라도 계획범죄에 흡수되지 않고 독립된 범죄가 된다.
本来医療行為であるはずの心神喪失者の入院を、治安維持に使うことは、これまでもおこなわれてきた。沖縄県に天皇が訪問したとき、地元の精神障害者が強制入院させられたことがあったほどだ。しかし治安対象や治安維持という名目で、いわば予防拘束として、一生涯、人を強制隔離できる法律など許されるはずがない。
おざなりの議論、そして強行採決。人は誰もが自由に生きる権利をもっている。国家に都合が悪いからと、簡単に強制収容、隔離することなど認められない。

また同国会で審議された危険な法案に「共謀罪」がある。共謀罪とは、犯罪実行に着手していなくても、犯罪の打ち合わせをしただけで罰することができる法律だ。たまたま秋の臨時国会が解散したため手続き上は廃案あつかいとなったが、あらためて国会に上程される可能性が高い。
この法律の制定が準備されていると聞き、わたしは1910年に起こった大逆事件を思いだした。この事件は、社会主義者だった宮下太吉ら4人が「爆発物取締罰則違反」で逮捕されたあと、犯人と強いつながりがあったとの理由で、幸徳秋水・大石誠ノ助・菅野スガら12人もの社会主義者や無政府主義者を死刑にしたものだ。なりふりかまわず思想弾圧した、日本史上に残る汚点である。「共謀」という名でこのような事態が想定できる法律が成立するともなれば、市民は思想弾圧に怯えることになる。犯罪者と交流があっただけで逮捕されるのなら、犯罪者の範囲は無限にひろがる。日本は強権国家へ急ピッチで進んでいる。
*大逆事件(たいぎゃくじけん、だいぎゃくじけん[注 1])とは、1882年に施行された旧刑法116条、および大日本帝国憲法制定後の1908年に施行された刑法73条(1947年に削除)が規定していた、天皇、皇后、皇太子等を狙って危害を加えたり、加えようとする罪、いわゆる大逆罪が適用され、訴追された事件の総称。政府による政治的弾圧に利用された。日本以外では皇帝や王に叛逆し、また謀叛を企てた犯罪を、大逆罪と呼ぶことがある。대역사건(일본어: 大逆事件 타이갸쿠지켄, 다이캬쿠지켄[*])은 일본의 과거 형법에 규정된 천황, 황후, 황태자 등에 대해 위해를 가하거나 모의한 대역죄에 대한 사건들을 말한다.
*Españolスペイン語→El caso Kōtoku幸徳事件 (en japonés: Kōtoku Jiken), también conocido como el caso de alta traición (Taigyaku Jiken en japonés) fue una conspiración anarquista para asesinar al emperador Meiji en 1910, lo que generó una serie de operaciones represivas que terminó con el encarcelamiento masivo de opositores al régimen imperial y la ejecución de 12 conspiradores confesos en 1911.1​

*Polskiポーランド語→Shūsui Kōtoku (jap. 幸徳秋水(高知県出身) Kōtoku Shūsui), właśc. Denjirō Kōtoku (jap. 幸徳傳次郎 Kōtoku Denjirō; ur. 5 listopada 1871 w Nakamura, zm. 24 stycznia 1911 w Tokio) – japoński dziennikarz, tłumacz i działacz socjalistyczny oraz anarchistyczny. Jedna z osób odpowiedzialnych za rozwój ruchu anarchistycznego w Japonii na początku XX wieku.
*宮下 太吉(みやした たきち(山梨県出身)、1875年9月30日 - 1911年1月24日)は、日本の共産主義者でアナキスト、現人神信仰を排する目的で明治天皇の殺害を計画し、幸徳事件の事実上の首謀者[1]であった。
*大石 誠之助(おおいし せいのすけ(和歌山県出身)、慶応3年11月4日(1867年11月29日) - 明治44年(1911年)1月24日)は、日本の社会主義者・キリスト者、医師。
*Deutschドイツ語→Kanno Sugako (japanisch 管野 須賀子(大阪府出身); * 1881 in Osaka; † 25. Januar 1911), auch genannt Kanno Suga,[1] war eine japanische anarchafeministische Journalistin.
心神喪失者処遇法や共謀罪は、警察、法務・検察当局などの国家権力を増大させ、治安上問題だと政府が感じたらすぐさま監禁し、人権を排除できる強権といえる。
防衛庁が情報公開請求した人の思想信条まで調査
防衛庁でも大きな問題が発覚した。02年6月、防衛庁に情報公開請求した人物の身元を組織的に調べ上げ、請求時には書かれていなかった、職業や思想信条まで書き入れたリストをつくり、庁内の職員専用LANに掲示されていたのである。
しかも問題発覚後に、伊藤康成事務次官が「『漏らしたやつが悪い』というのは、まさにそのとおりです」などと発言する始末。外国の軍隊ばかりではなく、国民さえも「仮装敵」として監視する。防衛庁の過剰防衛としての攻撃性があきらかになった。
防衛庁自身は、情報を、防衛秘密機密、防衛秘密極秘、防衛秘密秘、機密、極秘、秘という六項目にわけ、がんじがらめにコントロールし、国民の目から隠匿してきた。また防衛産業で働く労働者の思想・信条を徹底的に調べ上げている。
*Yasunari Ito 伊藤康成( Yasunari Ito , October 16, 1945- ) is a Japanese defense bureaucrat . Secretary of Defense Facilities Agency , 25th Vice-Minister of Defense .
塀をめぐらせた工場内をさらに金網で区別するなど、秘密を守るためにきわめて閉鎖的な職場にされ、隣りの労働者にさえ、なにをつくっているかは秘密にされている。その一方で、防衛庁にちかづいた者のすべてについて情報を収集し、徹底的に監視している。思想および病歴、収入などはプライバシーに該当するものであって、コンピューターに入れることなどは防がなくてはいけないのだが、国民を敵とみなしている防衛庁は、せっせと情報を蓄えている。
防衛庁には、「調査隊」という、関係業者などの身辺調査や監視活動をおこなう秘密の部署がある。自衛隊の秘密を探ったり、基地襲撃を企てたりする行動に対処する部署だというが、もちろんこの事件にも一枚かんでいる。情報公開を請求した市民運動やジャーナリストをも、基地襲撃するもの、と認識しているのは、「治安維持法」の時代とおなじで、すでに言論の自由などはない。
自治体が自衛官募集に使える情報を漏洩
03年4月末には、防衛庁が自衛官募集に使える情報を、自治体を通じて集めていることが判明した。
本来ならば住民基本台帳法により、住所・氏名・生年月日・性別の四項目しか一般の閲覧はできない。ところが毎日新聞の取材によって、防衛庁は適齢者の健康状態までわかる適齢者名簿を手にしていたことが判明した。防衛庁は石川県七尾市が提供した適齢者名簿を使い、ほとんどの高校卒業予定者に募集の案内を送付している。ところが複数の障害者には、案内が届いていなかったという。(「毎日新聞」4月22日)
自治体が防衛庁の出先機関となり、住民の「兵力適正」情報を提出していたのは、たんにプライバシーの侵害という問題ではすまされない。住民の情報を国家が好きなように利用するために一元化され、それがさらに軍国化を進めるという悪循環の露呈である。こんご個人情報が「国民総背番制」と取扱い情報の範囲拡大によって、かねてから予想されていたように、徴兵のための情報収集に利用されるなど、ますます個人の国家への従属は深刻化していく。
内閣調査会や防衛庁の調査隊、あるいは治安警察などは、国民に敵対する存在であり、膨大な秘密の費用を使って情報を収集している。本来、情報の保護とはこのような官に個人情報が集中することを防ぐためにある。ところが小泉内閣はそれとは正反対に、政治家や官庁の情報を防御するために、個人情報保護法などを成立させた。

ついに家族と戒厳令にまで言及
03年5月、自民党憲法調査会があきらかにした憲法改正案の素案は、あきれたことに「家族」にまで言及している。「家族は社会を構成する最も基本的な単位である。何人も各自、その属する家族の運営に責任を負う」との規定は、家族までも国家が統制するという意思のあらわれだ。国民の管理と監視を徹底したいという自民党と財界の欲望は、こんなところにもあらわれている。
さらに「内閣総理大臣は国家の独立と安全保障または国民の生命、身体もしくは財産に切迫した影響を及ぼす緊急事態が発生した場合において、国家非常事態命令を発動することができる」と、戒厳令の制定まで言及している。
*緊急狀態「emergency」「state of emergency」是指一個國家陷入或即將陷入危機,有可能會影響國家的發展及存亡,由國家元首使出超過平常法治範圍的特別措施。現在多數先進國家會將權力下放至國會,讓國會通過實施緊急狀態,再由國家元首宣佈全國進入緊急狀態。根據危機程度的不同,所採取的緊急狀態的辦法也不同。
*Françaisフランス語→La loi martiale戒厳 est l'instauration dans un pays d'un état juridique d'exception, au sein duquel l'armée assure le maintien de l'ordre à la place de la police ou en collaboration avec celle-ci. C'est le chef d'État qui « invoque » la loi martiale, ce qui signifie que le général de l'armée prend le pouvoir pendant un temps délimité.
有事三法の審議では、基本的人権への配慮を法案に書き込むよう、野党第一党の民主党が要求した。だが戦争事態には基本的人権など、誰も保障しない。それが戦争だ。結局、民主党の修正案がとおり、彼らは得意になっているようだが、この素案通りに戒厳令が発動されれば、民主党が期待する基本的人権など、跡形もなく剥奪されてしまう。
そもそも首相に国家非常事態命令を発動する超法規的な権限をあたえ、「国民」に国家防衛の義務を負わせる、国家主義的な憲法をつくろうとするなど、反歴史的な構想である。それが堂々と臆面もなく発表されるようになったのは、そうした動きを批判できる野党とマスコミの力が弱体化し、ナメられているからだ。
国会を重ねるごとに権利が消えていく
うかうかしていると、国民は政府に反対意見を述べることさえできないように、監視され、規制されてしまう。逆説的な意見に聞こえるかもしれないが、もし自民党の一党支配であったならば、ここまで強権的な法律が成立することはなかった。
それを支援する公明党は、たとえていえば、どんなに非道をおこない、国際世論から孤立しても、米国を支援する日本政府のようなものだ。
現在は、共産党と社民党という一部の「非国民的」な政党だけが、一連の「強権法」に反対している。しかし、事態が進めば、国家に反対する少数政党そのものへの弾圧も可能になる。日本はいよいよ抜き差しならないところにきてしまった。
国会で審議がおこなわれるたびに、国民の権利がひとつずつ消されていく。国民の行動をチェックできるようになってしまえば、残されているのは心のなかの管理であり、思想の管理である。いまなにか運動を起こさなければ、戦時中の暗黒の国家にもどってしまう。その不安を大きな声にだして、抵抗していくしかない。

第6章 同時多発テロからイラク戦争まで 米国の憎悪と病理
小泉内閣成立から約半年後の2001年9月11日、米国で同時多発テロ事件が起きた。この事件以降の米国のあり方が、小泉政権および日本の政治にも決定的な意味をもつようになったのは周知のとおりである。米国自身はその後アフガニスタンとイラクに侵略を開始し、大量破壊と大量殺人をつづけながら居座っている。米国の横暴な振る舞いの根底にある思想を掘り下げてみよう。

9・11米国同時多発テロ
米国は一般市民が犠牲となる悲劇を知った。
Русскийロシア語→Террористи́ческие акты 11 сентября́ 2001 го́да (или 9/11)[1]アメリカ同時多発テロ事件 — серия из четырёх координированных террористических актов-самоубийств[2][3], совершённых в Соединённых Штатах Америки членами террористической организации «Аль-Каида»[4][⇨].
2001年9月11日の米国同時多発テロ事件は、ニューヨークの世界貿易センタービルなどを、ハイジャックした航空機によって自爆、最終的に3000人ちかくの死者をだした大惨事だった。
一般市民を巻き込んで、膨大な死傷者を発生させるテロ事件は、もちろん許されるものではない。ただ米国がこれまで、各地でおこなってきた戦争行為、たとえば中南米の政権にたいする武力での転覆や朝鮮、ベトナム、中東などでの戦闘行為、それと同根の、テロの首謀者とみなされたテロ組織「アルカイーダ」のオサマ・ビンラーディンを武装化させて、活動させていた陰謀も批判されるべきだ。


*Allegations of CIA assistance to Osama bin Laden:Some sources have alleged that[1][2][3] the Central Intelligence Agency (CIA) had ties with Osama Bin Laden's al-Qaeda and its "Afghan Arab" fighters when it armed Mujahideen groups to fight the Soviet Union during the Soviet–Afghan War.
こうした力の政策によって、米国は絶対に攻撃されない、という安心感の上に成り立っていた。大都市ニューヨークがいきなり攻撃された光景は、一般市民が犠牲となる悲劇をあらためて世界中にしめした。
広島・長崎の原爆投下などを含め、一般市民を大量に殺してきた歴史的な事実とともに考える必要がある。こうした悲劇をなくすために、戦闘行為を禁じ、武力を解体していく方策を探っていくべきだ。
*Deutschドイツ語→Die US-amerikanischen Atombombenabwürfe auf Hiroshima und Nagasaki am 6. August und 9. August 1945 waren die bislang einzigen Einsätze von Atomwaffen in einem Krieg.
いつどこで発生するかわからないテロリズムにたいして、武力での防衛には限界がある。「全米ミサイル防衛システム」(NMD)で、ロケットによる防衛網をハリネズミのように張り巡らせれば問題は解決する、と考えていたブッシュ政権が、このテロに驚愕したのは、当然である。
*국가유도탄방어(영어: National missile defense; NMD)는 일반적인 용어로서, 적의 ICBM으로부터 국가의 모든 영역을 방어하는 군사전략과 그와 관련된 시스템을 말한다.

Déclaration du Nouveau Gomanisme 11 Nuit Terroriste Yoshinori Kobayashi (Auteur)
Le discours égaré et la consternation idéologique qui se sont produits au Japon depuis les attentats terroristes du 11 septembre. Terrorian Night, une épopée majeure qui mène le Japon au-delà de la déception, s'ouvre ! Sérialisation "SAPIO", etc., Théorie "Individuel et public" 2...
New Gomanism Declaration 11 Terrorian Night  Yoshinori Kobayashi (Author)
The stray speech and ideological dismay that have occurred in Japan again since the 9/11 terrorist attacks. Terrorian Night, a major epic that leads Japan beyond disappointment, opens! "SAPIO" serialization, etc., "Individual and public" theory 2 ...


テロの母体は米国が育てた
テロリストの憎悪は、これまで米国に抑圧されてきた恨みを支持母体にしている。つまり、その支持母体がなくなれば、テロリストの存在もなくなる。憎悪をなくすためには、あらゆる問題を力で解決しようとする、米国流の発想を変えていくしかない。
地球温暖化への無神経、世界の市場でのひとり勝ちをつくりだすグローバリゼーション、南アフリカのダーバンでひらいた国際連合(国連)の人種差別撤廃会議の決議に参加しないなど、米国のひとりよがりは、世界から指弾されはじめた。
*Românăルーマニア語→地球温暖化(ちきゅうおんだんか 英語: Global warming)Încălzirea globală este fenomenul de creștere continuă a temperaturilor medii înregistrate ale atmosferei în imediata apropiere a solului, precum și a apei oceanelor, constatată în ultimele două secole, dar mai ales în ultimele decenii. Fenomene de încălzire globală au existat dintotdeauna în istoria Pământului, ele fiind asociate cu fenomenul cosmic de maximum solar, acestea alternând cu mici glaciațiuni terestre asociate cu fenomenul de minimum solar.[1]

*あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する宣言(あらゆるけいたいのじんしゅさべつのてっぱいにかんするせんげん、英語: Declaration on the Elimination of All Forms of Racial Discrimination)は国連総会により発表された人権宣言であり、国連の人種主義に対する考えの概要となるもの。1963年11月20日に採択された[1]。1919年のパリ講和会議で日本が提案して否決された人種的差別撤廃提案より40年以上も時代が遅いものの、採択された宣言としては、法的な拘束力を持つ人種差別撤廃条約の先駆的存在として重要である。略称は人種差別撤廃宣言。

米国が世界の平和に貢献するためには、まず自国の軍事基地を各国からすこしずつ撤収させることである。またパレスチナの独立をきちんと認めるというような、柔軟な外交政策も必要とさせる。エルサレムの街角では、機関銃の台座を据えてイスラエル兵が警備して、わたしたち観光客にも不安感をあたえている。このようなパレスチナ人にたいする過剰な抑圧が、子どもたちまで参加するインティファーダ(抵抗運動)を生んでいる。インティファーダとテロとを混合するわけではないが、このように憎悪の石が積み重なって、同時多発テロのような大量殺人のテロが生まれたと考えることが必要だ。
*インティファーダ(アラビア語:انتفاضة Intifada, Intefadah, Intifadah)とは、アラビア語で「振り落とす」という意味の概念で、「蜂起」・「反乱」の意で使用される。アラブ世界でインティファーダと呼ばれるものは複数ある(ウィキペディア英語版「インティファーダ」曖昧さ回避)が、日本においては通常パレスチナで発生したものだけを意味する。


緊急テロ対策法から反動は始まった
ところが「絶対に米国は攻撃されない」という幻想が砕かれた米国は、前術のような方向とは正反対に突っ走った。いけいけどんどんの状態に陥って緊急テロ対策法などというとんでもない法律をまずつくったのである。01年10月5日の「朝日新聞」によれば、当初の法案として「テロリストやテロと関係が疑われる外国人を無期限拘束する条項」があり、「容疑者に令状を示さず家宅捜索を行うこと」なども定めていたという。
不幸中の幸いで、これらの条文には市民団体からの反発によって削除されたものの、盗聴の司法手続きの簡略化などは決まった。戦争はあらゆる人びとの人権を奪って進められていくのである。民主主義を誇る米国とテロリズム集団と名指されたアルカイーダ、暴力によってすべてを解決していくという点では、まったくおなじ穴のムジナである。


少数民族が慌てて掲げる星条旗
事件以後、米国当局による一般市民への愛国主義の強制は強大な圧力となって市民社会を襲った。01年末に帰国した知人によれば、ニューヨーク市の地下壕は、一両ずつ星条旗を掲げていたという。また街中に星条旗があふれていたそうだ。
とくに少数民族が多数いると思われる地域では、星条旗の数がふえていく。自分たちが米国に忠誠を誓ったということを証明しなければという不安感が、こうした星条旗の掲揚にあらわれている。悲しい光景だったと、知人はわたしに語った。9・11のあと、ロサンゼルス空港から帰国するとき、わたしは靴のなかまで調べられて不快だった。
「毎日新聞」(02年1月8日)にも、米国の体制強化の現状を知る事例が報告されている。いくつか書き出してみたい。
カリフォルニア大学バークリー校元講師のエコノミスト、ウォレス・スミスさんは、政府がテロ捜査で中東出身のイスラム系男性5000人を尋問したことに、つぎのように批判した。
「容疑を特定せずに取り調べを半ば強制し、仲間の名前を告げたり、少しでも不審な挙動があれば拘束しようという意図を感じる」
チュイニー副大統領夫人が、団体の主催者として名を連ねている保守系民間団体が、大学の集会やメディアでの発言から「悲愛国的」とする100以上の例をしめした報告書を発表。その報告書を、シアトル・タイムズ紙は「現代版ブラックリスト」と評した。
*リチャード・ブルース・チェイニー[1](英語: Richard Bruce Cheney、1941年1月30日 - )は、アメリカ合衆国の政治家、実業家。同国第46代副大統領(在任: 2001年1月20日 - 2009年1月20日)。ワイオミング州選出連邦下院議員、第17代国防長官を歴任した
*リン・アン・ヴィンセント・チェイニー(英語: Lynne Ann Vincent Cheney ,1941年8月14日 - )は、アメリカ合衆国の文学者、著作家、政治討論番組の司会。第46代アメリカ合衆国副大統領ディック・チェイニーの妻でもある。2001年1月20日から2009年1月20日までアメリカ合衆国のセカンドレディの役割を担った。

世界貿易センタービル崩壊を喜ぶアラブ人の様子をいさめた電子メールにたいして、「少数の反応をアラブ人全体に結びつけるのは誤りだ」という反論メールを送ったパレスチナ系米国人のオルブレット氏にたいして、同僚から反論のメールはなく、FBI(米国連邦捜査局)捜査員が訪れたという。
*連邦捜査局(れんぽうそうさきょく、英語: Federal Bureau of Investigation, FBI)は、司法省に属するアメリカ合衆国の警察機関の一つ。国内の治安維持を一手に担い[2]、テロ・スパイ、政府の汚職、複数の州に渡る広域事件、強盗事件などの捜査を担当する。さらに、誘拐事件では通報から24時間を経過すると、広域事件として自治体警察からFBIに捜査主体が移される。
事件発生後、当然のことながら、米国は犯人探しにやっきになった。はやい時期での誤認逮捕は、かなりの数にのぼったと報じられた。これこそ西部劇の保安官が使う方法だ。怪しいヤツはしょっ引いてきては吐かすという、人権をまったく無視したやり方だった。
これが「自由の国」米国の現状であった。戦争は徴兵されて戦地に出動するものの悲劇ばかりではない。それをささえる国内での抑圧と支配の強化こそ、大きな悲劇のもとがある。民主主義のためにといいながら、戦争が民主主義を抑圧していく。それが歴史の教訓である。

明かされない93便の真実
愛国の裏では情報操作と疑われる出来事も浮上した。たとえば、いまだあきらかにされていないのが、テロ事件のさいにハイジャックされた三機目の航空機、ユナイテッド航空93便の真実である。
乗客がテロリストに立ちむかい、ホワイトハウス、国防総省あるいは国会議事堂への自爆テロが未然に防がれたと伝えられている。このビッグヒーロー物語は、大々的に報道された。機内の英雄がテレビドラマ化されることも決まり、乗員乗客40人に、軍人最高の戦功賞「名誉勲章」を授与しようとの動きもあった。米国的なヒロイックな物語は、国内外を問わず流布されている。

*Españolスペイン語→『ユナイテッド93』(United 93)は、2006年のアメリカ映画。United 93 es una película estadounidense del año 2006 escrita, coproducida y dirigida por Paul Greengrass. La película narra la increíble historia de los pasajeros, la tripulación, las familias en tierra y de los controladores aéreos del vuelo 93 de United Airlines antes, durante y después de ser convertido en el cuarto avión secuestrado en los Atentados del 11 de septiembre de 2001. Fue candidata a dos premios Óscar.
*유나이티드 항공 93편(영어: United Airlines Flight 93)은 2001년 9.11 테러 당시 납치된 미국의 국내선 항공편 중 하나로, 기종은 보잉 757-222이다.
しかし墜落した場所は、事故から2ヶ月以上たっても立ち入り禁止とされていた。回収されたはずのブラックボックスの情報も、いっさい開示されていない。そのため米軍戦闘機による爆撃説が、いまでも根強くくすぶりつづけている。
そんな米国で、ニセ情報を発する機関の新設が計画されていた。結局、ブッシュ大統領の反対で機関設立は流れた、といわれているが、これまでのCIA(中央情報部)の行動を仄聞するだけでも、米国政府がいかに情報操作をおこなってきたかは公然たる秘密だ。愛国主義をあおり立て、ニセ情報で意識を捜査するのは、米国帝国主義ですでにおきまりの手法なのだ。 

テロリストが救おうとした人さえも
一瞬にして倒壊した、ニューヨーク世界貿易センタービルの映像が、なんども繰り返して流されたあと、あのビルの出前にいって行方不明になった男の話を、テレビが放映していた。メキシコあたりだったろうか、どこか中米の国から妻がやってきて、ボランティアたちの助けを借りながら、夫の消息をたずね歩く、というドキュメンタリーだった。
男は故郷に妻となん人かの子どもを残して働きにきた、出稼ぎ労働者だった。たしかに、あのツインタワーは、世界経済を支配する強者の象徴だったかもしれない。しかし、そのまわりには、さまざまな人たちの暮らしがあった。海外を旅行すると、旅先で貧富の差がますます拡大しているのを感じさせられる。その「悪の根元」が、いかにも地盤の堅そうなマンハッタン島にそびえていた。世界貿易センターだと考えられていた。
しかし、実際そこに生活していたのは、「先進国」のエリートサラリーマンたちだけではない。テロリストたちが救おうと考えていた、貧しい国の貧しい人たちもまた、そこに依拠して暮らしていたのだ。テロリストの攻撃は、皮肉にもこうした現代社会の複雑さを、ガレキの下にみせつけたのだった。

アフガニスタン戦争 容疑者の生首を取ってこい!
01年10月、米国政府は、アフガニスタンへの攻撃をはじめた。同時多発テロの首謀者とみなされた、オサマ・ビンラーディンをかくまっているとした、タリバーン政権への報復攻撃である。しかし、この戦争に正当性はない。
*アフガニスタン・イスラム首長国(パシュトー語: د افغانستان اسلامي امارات)とは、1996年9月、カブール陥落後にタリバンがアフガニスタンの支配を開始したイスラム国家。英語では“Islamic Emirate of Afghanistan”と表記された。
*ムハンマド・オマル(パシュトー語: ملا محمد عمر Muhammad Omar、1960年 ‐ 2013年4月23日)は、アフガニスタンの政治家、イスラム主義勢力ターリバーンの創設者で初代最高指導者。元アフガニスタン・イスラム首長国首長。

*アフマド・シャー・マスード(Ahmed Shah Massoud、ダリー語:احمد شاه مسعود Ahmad Shāh Mas'ūd、アフマド・シャー・マスウード、1953年9月2日[1] - 2001年9月9日)は、アフガニスタンの政治家。本名アフマド・シャー。アフガニスタン・イスラム国国防大臣、軍司令官、アフガニスタン救国・民族イスラム統一戦線(北部同盟)副大統領、国防大臣、軍司令官を歴任。死後、「アフガニスタン国家英雄」の称号を追贈された。

そもそもいまだビンラーディンらによって事件が引き起こされたという明確な証拠はしめされていない。にもかかわらず容疑者の生首をとってこいと指示するのは、裁判にもかけずに死刑にする行為だ。
このような「目には目を」の方法で解決するのではなく、もしビンラーディンが事件にかかわっているとするならば、タリバーン政権にたいして粘り強い外交の力と国際世論によって引き渡しをもとめ、そして逮捕した容疑者を国際刑事裁判所(ICC)にかけ、世界にその犯罪性を証明する、というような手順が必要だった。
同時多発テロが、米国民にあたえた肉体的あるいは精神的な打撃の大きさは、原子爆弾の投下と阪神大震災の惨事を経験した日本人には、あるていど想像できる。
しかし、いま危険にさらされている、自由と豊かさの生活が、これまでの米国の軍事力を背景にしてつくられてきたものである、という批判も、この事件を通して理解する必要がある。そうした相互理解にむかう道が、このような凶悪なテロを防ぐ最大の解決方法だ。




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