『資本主義ロシアー模索と混乱』中澤孝之/Capitalist russia-Groping and confusion Takayuki Nakazawa/Капиталистическая Россия Нащупывание и путаница Такаюки Наказава④
打撃を受ける農民たち
エリツィン大統領は93年10月27日、「ロシアにおける土地関係の調整と農業改革の進展」と題する大統領令を公布した。これは70年間のソ連社会主義体制の下での土地所有関係を根本的に変革し得る画期的な法令である。大統領令は土地所有権の不可侵性を保証するとともに、土地所有者の土地取引の権利も保障している。個人も法人も、土地の売却、居住、購与、担保化、貸与、交換を行なうことができるようになった。これはまさしく革命的な措置であり、土地売買のモラトリアムは撤廃されたのである。このような案件は同年9月21日に強制的に彼が解散させた旧議会(最高会議)では、恐らく承認されなかったはずである。
①A Decree of the President of the Russian Federation ロシア連邦大統領令(Russian:Указ Президента Российской Федерации;Ukaz Prezidenta Rossiyskoy Federatsii) or Executive Order (Decree) of the President of Russia is a legal act (ukase) with the status of a by-law made by the President of Russia②ロシア連邦議会(ロシアれんぽうぎかい、ロシア語:Федеральное Собрание Российской Федерации、フェデラーリノイェ・サブラーニイェ・ラシーイスカイ・フェデラーツィイ)Federal Assembly (Russia)は、ロシア連邦の立法府。連邦院(上院)と国家院(下院)から構成される両院制議会である(旧Верховный Совет Союза Советских Социалистических Республикソビエト連邦最高会議Supreme Soviet of the Soviet Union)。
しかし、それから一年たって、「1000万人の農民の5%足らずが農地と言えるようなものを所有しているにすぎない」と『ヘラルド・トリビューン』紙は書いている。政府関係者の予測によると、94年末までに、大規模と小規模を問わず、ロシア農民の少なくとも30%は破産するだろうという。同紙によれば、個人農の場合、92年には全体の4%が行き詰まって破産したが、93年にはこの数が14%と増え、94年上半期だけで70&と急増した。ロシア科学アカデミー農業研究所所長のアレクサンドル・ニコノフ氏は「事実は残念ながら、簡単なことだ。自由市場への移行が経済の他のどの部門よりも農民を直撃したのです」と述べ、さらに「古いシステムは不合理でした。しかし、それがきちんとしたシステムに取り替えられなかった。支持者もなく、信用もなく、ローンや手引きもない。政府はあたかも、”諸君は今や自由になった。勝手にするがいい”と言っているようなものです」と嘆いた。
4 倒産と失業者
*倒産Несостоя́тельность (банкро́тство) (BanquerouteとうさんBankrott)Банкру́тство або банкро́тствоとは、明確な定義はないが、概ね、個人や法人などの経済主体が経済的に破綻して弁済期にある債務を一般的に弁済できなくなり、経済活動をそのまま続けることが不可能になること(あるいはそのような恐れが生じること)をいうBankruptcy is a legal process through which people or other entities who cannot repay debts to creditors may seek relief from some or all of their debts. In most jurisdictions, bankruptcy is imposed by a court order, often initiated by the debtor.
破産法の施行
資本主義社会では、経済改革や赤字転落の企業が破産し、倒産するのはごく常識的なことである。ところが、社会主義経済の下では、すべて国営であるから、経営がまずくても、また赤字を出しても、必ず資金的な援助が国から得られる。親方日の丸ならぬ、「親方赤旗」である。ロシア国民は長い間どっぷりとこのような温室社会につかっていて、いきなり資本主義らしきもののなかにほうり出された。またとても競争社会とは言えないが、「もう金輪際、国は赤字企業の面倒をみない」とロシア政府は宣告した。倒産もあり得る社会で、民営企業はもちろん、民営化に至らない国営の企業も、今後どのように生きていくのだろうか。国全体が破産状態のようなロシアであるが、企業経営者は明確な処方箋のないまま、あるいは資本主義の教科書と首っぴきで、無我夢中に突っ走っているという感じだ。別に紹介したツェリッシェフTselichtchev論文も強調しているが、この企業倒産の問題はこれから、資本主義化のプロセスにあるロシアで重要な問題となるであろう。
ロシアでは93年春から破産法が施行されているが、同年8月26日、『イズべスチヤ』紙が、市場経済に移行して同法の適用を受けての企業倒産として、二ジェゴロド州Нижегородская область(ニジニ・ノヴゴロド州)の金属食器製造業「ズヴェズダЗвезда」の例を報じたことがある。9000万ルーブル(当時の相場で約900万円)の負債をかかえての倒産であった。経営者の頻繁な交替のほかに、ウクライナなどの顧客をソ連解体で失ったのが響いたという。
破産法はあるにはあったが、実際にそれが適用され、倒産したケースは小企業などで、それも非常に稀だった。米国など西側の専門家のなかには、赤字企業の倒産がなければ、本当の改革に至るのはむつかしいと指摘する向きが少なくない。
エリツィン大統領は6月2日、負債を抱えて倒産した国営企業の売却に関する大統領令およびその付属文書に署名した。これらの文書は、破産宣告を受けた国営企業の売却手続きのルールを規定したものである。この売却措置は、所定の手続きによる民営化計画が決まっていない破産企業に適用されるという、「破産宣告企業」と認定する必要のある企業のリストが作られ、そうした認定が行われた場合、これらの企業の将来が決定され、それらは売却対象企業のリストが閉鎖対象企業のリストのどちらかに名を連ねることになる。いずれにせよ、本格的な破産メカニズムが定められたのである。
企業破産の実状
国家財産管理委員会のぺリャーエフ破産局局長が94年6月6日記者会見で明らかにしたところによると、「破産管理局では今、具体的に30余りの破産宣告企業が知られており、そのうちおよそ20はモスクワの企業である。予測では、ロシア全体で約1500の企業が”破産宣告企業”と認定されるであろう」という。
実際にはどのような企業が破産宣告を受けるのか。ドイツの東欧研究所の調査によると、ロシアでは機械工業部門の80%、消費材部門の70%、サービス部門の100%近く、農業部門の80%が恒常的な赤字を出しており、西側の基準でこれら赤字企業がすべて破産したら大変なことになる。チェルノムイルジン首相は7月15日の拡大閣僚会議で、不採算国営企業の整理に関してすでに六つの大企業の廃止ないしは売却の決定がなされたことを明らかにした。また、破産手続きに入る企業は年末までに1500から2000社に上るであろうと付け加えた。同首相はまた、7月現在、調停裁判所で破産手続きを進めているのが約60社、さらに約100社が手続きに入る見込みだと述べた。
首相は具体的な企業名は明かさなかったが、前日のインタファックス通信は、ロシア国家財産委員会破産局が、製薬技術研究企業「モスクワ研究用ビタミン工場」など三社の破産を認定したと報じた。
その後、ウオツカの会社が倒産して騒がれた。ストリーチナヤСтоличнаяの商標で知られるモスクワで有数のウオツカ製造企業「クリスタルкристалл」(本社モスクワ)である。8月16日までに、経営の不手際で67億ルーブル(約3億2000万円)の負債を抱えてロシア連邦破産局から破産宣告を受け、事実上倒産に追い込まれた。
しかし、破産手続きの第一段階である「支払い不能」を一方的に宣言した当局のやり方に会社側は不満で、ヤムニコフ社長は「わが社は政府からの借金も援助もない。融資を受けている銀行への利払いも順調で、不渡りを出したこともない」と経営危機を否定した。むしろ、国内産ウオツカに対して85%もの消費税を課しているために、安い外国製ウオツカが市場に出回り、経営を圧迫していると当局の政策を批判したのである。
実際、食料品店で米国製のウオツカの大瓶がわがもの顔に棚を占拠していた光景をモスクワで目撃した。93年に訪露した際、モスクワでストリーチナヤやモスコフスカヤМосковская особая водкаといったおなじみのウオツカになかなかお目にかかれなかったことを覚えている。
当局者によれば、多くの企業が経営内容をより悪く報告し、納税を逃れる目的で国外の銀行口座などに所得を隠している例が少なくなく、政府は慢性的な税収不足に悩まされている。破産局は企業の財務報告を分析した結果、8月中旬にクリスタルを含む約250社に「支払い不能」宣告を出した。政府の強権発動によって企業経営に介入するとともに、これをきっかけに経営陣の不正を暴き、政府の財政赤字減らしを狙ったもののようだ。
伝統あるスタリーチナヤの製造元の倒産はさまざまな憶測を呼んだが、『モスクワ・ニュース』紙は(倒産させたのは)同社を買収したい外国企業のロビーが政府に圧力をかけたからではないか」といった説を報じた。
*ロビー活動(ロビーかつどうЛоббизм、lobbying)とは、特定の主張を有する個人または団体が政府の政策に影響を及ぼすことを目的として行う私的な政治活動である。
失業(ChômageしつぎょうБезработица、英: unemployment)Arbeitslosigkeitとは、職業(仕事)を失うこと、および労働の意志も能力もあるのに仕事に就けない状態を指す。特に、仕事が無い状態を指す無職(むしょく)のうち、就業に向けた職探しを行っている者の状態を指し、そのような状態の者を失業者(しつぎょうしゃ)と言う。
*Yury Fyodorovich Yarov (Russian: Юрий Фёдорович Яров; born April 2, 1942) is a Russian politician who was a deputy prime minister from 1992 until 1996. Previously he was the 4th Executive Secretary of the Commonwealth of Independent States from 6 November 1999 to 14 July 2004
膨大な失業者数
企業倒産は当然ながら失業者を出す。ロシア連邦雇用機関によれば、5月1日現在、失業者はすでに200万人を上回ったという。ヤロフ副首相は5月31日、「ロシア労働者のデータによれば94年3月現在、ロシアで136万3000人の失業者が登録されているが、これは最も楽観的な数字であり、94年末には失業者は300万人に達し、潜在失業者も二倍になろう」と指摘した。
一方、国際労働機関(ILO)専門家グループ報告書(94年2月初め発表)によると、ロシアの実質失業率は1・5%という公式発表の六~七倍になっているのが実態であるという。また同報告書は「ロシアの改革派雇用政策が改善されず、企業の構造改革が実施に移されない限り、政策は成功しないであろう」と述べている。さらにILOの計算によると、ロシアでは現在すでに、400万人以上が失業しており、500万~800万人はパートタイムでしか働いていないという。また、ロシア中央銀行が6月22日連邦議会に提出した年次報告書によれば、ロシア国家雇用機関に登録されている93年度の失業者数は92年と比べて1・5倍増加し、94年初頭でおよそ780万人だった。これは経済活動に従事するロシア人口の約一割に相当する。なお、潜在失業者は1000万人をすでに超えているとか、94年内には1000万人あるいは1200万人まで増加するといった見方さえある。
*国際労働機関(こくさいろうどうきかんМеждународная организация труда(МОТ)Organisation internationale du travail(OIT) 、英語: International Labour Organization、略称:ILO)Internationale Arbeitsorganisation(IAO)とは 国際労働基準の制定を通して世界の労働者の労働条件と生活水準の改善を目的とする、国際連合の専門機関。1919年に国際連盟に創設され、国際連合において最初で最古の専門機関である。本部はスイスのジュネーヴ。加盟国は187ヶ国(2016年2月現在)。
94年6月現在のロシアにおける労働力は7480万人で総人口の50%にあたる。このうち94%の7030万人は各種経済活動に従事し、残り4%の450万人は失業状態だという。さらに450万人は潜在的な失業者(パートタイマー・やレイオフ中)で、推定失業者は労働力の12%に当たる約900万人であるとビジネス・タス(94年8月11日)は報じた。
*レイオフВременное увольнение(英語: layoff)または一時解雇Mise à pied(일시 해고いちじかいこ)Звільненняとは、企業の業績悪化などを理由とする一時的な解雇のことである。雇 用を継続したまま一時的に出勤を差し止める一時帰休とは区別される。無給休暇とも。一定数の人数を超える場合は集団的解雇に該当する。
失業者が多数出る恐れのあるのは軍需部門も例外ではない。ロシア連邦国家防衛産業部門委員会のグルヒフ委員長によると、防衛部門労働者400万人のうち、防衛発注部門の仕事をしているのは100万人(300万人は民需製品の生産に従事)で、そのうち94年末までに60万人が職を失う可能性があるという。つまり直接兵器生産に従事している労働者の60%が失業の脅威にさらされていることになる。最も深刻なのがウラルУралの各州で、同地ではすでに軍産企業の失業者は23万人を数える。また中央部で18万人、北西部で11万人、サンクトペテルブルクСанкт-Петербургで10万人、モスクワМоскваで7万人だという(8月27日ロシア通信とのインタビュー)。
ただし、ソ連時代の統計は全く当てにならなかったが、ロシアになっても、程度の差こそあれ、この点では変わりない。他の経済指標同様、就業者、失業者(潜在失業者も含む)、失業率の数字はかなりバラバラだ。失業者ないしは潜在失業者と言われる人びとのかなりの部分が、公式には登録されないヤミ経済、とりわけソ連時代から未発達のサービス部門で働いている可能性もある。公式統計ではつかめない陰の部分があることも十分承知しておく必要があるのは言うまでもない。
Deutschドイツ語→Russische Mafia (russisch Русская мафия, Russkaja mafija, auch Братва, Bratwa, Bruderschaft)«Росі́йська ма́фія» , auch Russenmafia genannt, ist der Name verschiedener Gruppen der organisierten Kriminalität, die aus dem Territorium der ehemaligen Sowjetunion stammen und sich nach dem Zerfall derselben auch international ausgebreitet haben. Nach Angaben des russischen Innenministeriums stieg die Anzahl der Mafia-Gruppierungen von 785 im Jahr 1990 auf über 8.000 im Jahr 1996. Die geschätzte Zahl der aktiven Mafiamitglieder bewegt sich je nach Quelle zwischen 120.000 und 3 Millionen.
第三章 マフィア資本主義
1 組織犯罪の増加
頻発する殺人事件
ロシア下院議員アンドレイ・アイゼルジス氏は、モスクワ郊外の自宅に戻ったところを、何者かによって猟銃で射殺された。94年4月26日夜のことである。院内会派「新地域政策」に所属する35歳の若手議員でありながら、商業銀行MDKМДК会長や国際ビジネス協会会長も務める成功した新興実業家、つまりビジネスマンでもあった。ミニコミ新聞『フーズフー』を定期的に発行していたが、犯罪組織のボスたちの詳しいリストを発表すると予告していた矢先の出来事だった。10月末に容疑者グループの六人が捕まったが、実行犯二人は国外に逃亡してしまったという。
日本でも銀行支店長射殺事件や生命保険会社銃撃事件など犯罪組織の組員による暴力沙汰が少なくないが、今日のロシアは米国のアル・カポネ時代に匹敵するほどの無法者の天国となっている。しばしは「1920年代、30年代のシカゴ」と比較されるのである。
①アル・カポネАль Капоне(英語: Al Capone、1899年1月17日 - 1947年1月25日Alphonse Gabriel «Great Al» CaponeАльфо́нсе Габриэ́ль «Великий Аль» Капо́не)は、アメリカ合衆国のギャング。禁酒法時代のシカゴで、高級ホテルを根城に酒の密造・販売・売春業・賭博業の犯罪組織を運営し、機関銃を使った機銃掃射まがいの抗争で多くの死者を出したことでも知られている。頬に傷跡があったことで「スカーフェイスScarface」という通り名があった②Чика́гоシカゴ (англ. Chicago, американское произношение: [ʃɪˈkɑːɡoʊ] (Звук слушать)), официально Город Чикаго (англ. City of Chicago) — самый населённый город штата Иллинойс и третий по населению город в Соединённых Штатах.
この議員射殺事件に先立つ4月初めには、オタリ・クワントリシビリという男がモスクワの中心部の行きつけの公衆バーニャбаня(ロシア風サウナ)から出てきたところを、ドイツ製ライフルで狙撃され、死亡した。名前から分かるように、グルジア出身で、元レスリング選手。表向きはスポーツマン社会保険慈善基金総裁、ロシア・スポーツマン党リーダーの肩書をもつが、実際はモスクワのマフィア世界を牛耳る47歳の大ボスであった。モスクワ警察は彼を「ロシアのゴッドファーザー」と呼んでいた。半年前には同じくマフィアで、長い犯罪歴をもつ兄アミランがチェチェン・マフィアの手先に殺害され、オタリ暗殺の二週間前には、チェチェン・マフィアのゴッドファーザー「スルタン」が銃撃戦の末に殺されている。クワントリシビリ兄弟マフィア暗殺事件はグルジア・マフィア、チェチェン・マフィア、ロシア・マフィアといった民族別グループの利権あるいは縄張り争いの果てに起こったのである。
議員射殺事件の起きた翌月に、今度は議員がマフィアを撃ち殺す事件があった。スーパー・チェーン店の経営者でもあるこの議員が地元マフィアに請求された用心棒代(3000万ルーブル=約160万円)を拒否したところ、武装した7人のマフィア構成員に襲われたが、 Автомат Калашникова образца 1947 годаカラシニコフ自動小銃AK-47を奪って逆襲したのであった。マフィア映画さながらの活劇だ。
中国にも、対外開放政策が始まった1979年ごろから、「黒社会」すなわち中国ヤクザ・グループが形成され、毎年増え続けているといわれる。ロシアといい中国といい、脱社会主義の段階では、組織犯罪の隆盛は必然的な社会悪なのであろうか。
*Criminal gangs are found throughout Mainland China but are most active in Chongqing, Shanghai, Macau, Tianjin, Shenyang, and Guangzhou as well as in Hong Kong, Malaysia, Singapore and Taiwan. The number of people involved in organized crime on the mainland has risen from around 100,000 in 1986 to around 1.5 million in the year 2000.
イタリア・マフィアやシチリア・マフィアなどで知られるMafiaマフィアМафияという言葉は、今やれっきとしたロシア語だ。従来は「レケットReket」という英語からの外来語も使われていた。「ヴォール(複数はヴォールイ)・ヴ・ザコーニェ(掟の中の盗賊)ともいう。6月初めの『ロシア新聞』が内務省のデータを使って報じたところによると、国内に約5600のマフィア組織(組織員は合計約10万人)があり(日本の広域暴力団は2400組だという)。これは四年前の約八倍。93年にマフィア抗争に参加したメンバーは延べ1万人余りで、武器を使った事件は2万2000件、人質事件は約300件発生したという。
増大するマフィア勢力
このマフィアに今やロシアは乗っ取られつつある。これは決してオーバーな表現ではない。社会の深部にまで浸透したマフィアの力は恐るべきものがある。「共産党第一党独裁からマフィア独裁」への危険も指摘されている。マフィアは地下経済の担い手でもあり、地下経済はロシア経済の中で約30%から40%を占めるロシアの経済専門家は言う。また、資本主義化の混乱に乗じて、公然たる経済分野へも進出してきた。マフィアの40%が合法的な商業活動やカジノの経営などを隠れ蓑にしているとの指摘もあり、ロシア社会のガンである組織犯罪は増殖し続け、ロシアに芽生え始めた資本主義経済市場を食い尽くそうとしている。逆に、マフィア抜きのロシア経済は考えられず、マフィアがいなくなったら、ロシアの経済活動は完全に止まってしまうとまで言われている。そして、ロシアの現状を呼ぶのに「マフィア資本主義」という言葉が使われ始めた。
「恐喝、身の代金略奪の誘拐、銀行爆破、街頭やレストランで頻発する銃撃戦、さらには大型兵器まで使用した犯罪グループ間の抗争など、目に余る組織犯罪の横行は、増大する失業問題以上に今日ロシア人を憂慮させている」ーセルゲイ・フルシチョフ米ブラウン大学外交政策研究センター客員研究員(フルシチョフ元ソ連首相の子息)は『The Washington Postワシントン・ポストВа́шингтон пост』紙8月7日付けに寄稿した解説のなかでこのように嘆いた。「ロシアの都市では、人びとは夜間の外出を恐れている。ドアのノックでギクリとし、ビジネスマンや銀行家は、ベンツのエンジン・キーを回すとき、指が震える。爆発物が仕掛けられているかもしれないからだ。裁判官は厳しい判決を下す前に、銃弾を浴びせられるのではないかと躊躇する」という。
*Sergei Nikitich Khrushchevセルゲイ・ニキーティチ・フルシチョフ(Russian:Сергей Никитич Хрущёв; 2 July 1935 – 18 June 2020)Сергій Микитович Хрущов(二キータ・フルシチョフの次男)was a Russian engineer and the second son of the Cold War-era Soviet Premier Nikita Khrushchev with his wife Nina Petrovna Khrushcheva. He moved to the United States in 1991 and became a naturalized American citizen.
さらに、「ロシアの銀行を支配しているのはマフィアだ」-こんなショッキングな発言をしたのは、元ロシア保安官のアレクサンドル・グロフ調査開発研究所所長である。94年1月モスクワでの「民間ビジネスのために」と題する国際会議での発言で、「マフィアが銀行をコントロールする手口は多種多岐で、脅し、誘拐はもちろん、産業スパイ、コンピューターのデータ破壊、権力の中枢にいる者を介しての政治的圧力、はては委託殺人まである」と付け加えた。マフィアの銀行支配の目的のひとつは、不正に稼いだ金のマネーロンドリング(浄化)のようだ。銀行の不正につけこんで企業や銀行を脅し、金を巻き上げる手口もある。2200行(94年6月1日の公式登録数)もの商業銀行および共同出資銀行の多くは、マフィアに脅かされているが、マフィアと組んでいるといわれる。また、400を超える銀行がマフィアの支配下にあるという説も聞かれる。一方、銀行側は警備員を大勢雇う。彼らは迷彩服で身を包み、マシンガンを手に、辺りを威圧する。ルシコフ・モスクワ市長の経営するモスト・バンクは650人もの警備員がいることで知られている。また、マフィアと組むのも安全な方法である。有力なマフィアがつけば、その銀行はほかのマフィアから襲われないですむからだ。
*資金洗浄Отмывание денег(Blanchiment d'argentしきんせんじょうGeldwäsche、英: money laundering、マネー・ロンダリング)Відмивання грошейとは、規制薬物取引、盗品などの贓物(ぞうぶつ)取引、身代金、詐欺、違法賭博、脱税、粉飾決算、裏金、偽札などの犯罪行為によって得た現金(汚い資金)から、出所を消し(汚れを洗い流し)、正当な手段で得た資金と見せかける(綺麗に見せかける)ことである。捜査機関や司法機関による口座凍結、差押、摘発、徴税等を逃れる目的で行う。犯罪資金を資金洗浄せずに使用した事が切っ掛けで、犯罪者が検挙されることがある。
5月17日公表の内務省報告は「経済改革を脅かす最大の要因は組織犯罪である」と断定している。これによると、マフィアの30%は国営企業や銀行を支配下においているという。民間企業や商業銀行の70~80%は、マフィアに用心棒代として総売上代金の一割から二割を払っている(大統領付属社会経済改革センター調査)。彼らの脅しに抵抗すると、暴力が待ち受けている。93年、プロの殺し屋による殺人は250件(前年の2・5倍)で、銀行幹部を含む約40人のビジネスマンが殺害された。
ロシア最高検察庁の拡大会議が2月17日開かれ、カザンニク検事総長(当時)は、94年度にける最高検察庁の最重要課題は、ロシア国民を犯罪から守ることであると主張した。「犯罪集団は依然として経済、経営活動、対外貿易を支配し、選挙キャンペーンにさえ参加することを積極的に狙っている」とも述べた。また、ヤロフ副首相は「ロシアでは現在、マフィアが国営企業を含む四万以上の経済施設を支配しており、信用銀行業務、対外貿易、運輸、消費物資や不動産の市場、民営化の分野において特にその活動が活発になっている「と指摘した。同副首相によると、犯罪集団の収入の30~50%は公職者の買収のために使われるという。
93年末の『論拠と事実』紙によると世論調査では、58%の市民が「政府を支配しているのはマフィアだ」と答え、「大統領」と答えた53%を上回った。また94年6月の政治付属世論調査機関による「だれがロシアを支配しているかと思うか」との全国世論調査の結果は、29%が「だれも支配していない」、28・3%がマフィアと答え、エリツィン大統領5%、議会、行政府はいずれも3%以下であった。一般市民もマフィアの脅威をひしひしと感じているということであろうか。
ロシアの裏社会に詳しい経済学者のタチアナ・コリャギナ女史によれば、ロシア社会の階級分化と同じように、マフィア社会でも階級分化が見られ、互いの緊張が高まっているという。マフィア社会の底辺には殺人請け負いや売春、麻薬、caviarキャビアчёрная икра(acipenseridaeチョウザメОсетровыеの卵)、武器や車の密売など直接犯罪に手を染める犯罪マフィアがおり、その上にはこの犯罪マフィアをコントロールし、吸い上げた金を利用して政界、経済界への影響力を強める政治・経済マフィアがいるのだそうだ。構造的にマフィアが政治、経済のメカニズムに入り込んだ結果、この国ではマフィアととの付き合いなしでビジネスをするのは困難になっている。
2 マフィア独裁の危機
マフィア対策の遅れ
マフィアの餌食になるということでは合弁企業も例外ではない。彼らは商社の現地法人にまでやってくる、と94年夏に帰国したある大手商社のモスクワ事務所所長が語っていた。この所長は、ふだんも拳銃を持ち歩くKGB出身の屈強なボディガードを雇っていたそうだ。マフィアは地域協力費の名目でショバ代を請求してくる。ヤクザの言う「みかじめ料」だ。モスクワの日系合弁レストランの社長から私も直接聞いたが、月に数千ドル支払っているという。断わると、さまざまな形で嫌がらせをする。最悪の場合は命を狙われることになる。
8月24日には米誌『NewsweekニューズウィークНьюсуик』のモスクワ支局がマフィアに襲われる事件が起きた。現地カメラマンが空港から支局に戻る途中に真っ赤なアルファ・ロメオAlfa Romeoに行く手を遮られて、銃をもった三人組に脅されたのだ。支局までついて来た男たちは「ソンツェフСолнцев・マフィア」と名乗り、「俺たちの傘下に入れ」とすごみ、税金(用心棒代)の支払いを要求した。支局長不在のため、なだめて帰ってもらったが、「またくるぞ」との捨てぜりふを残して立ち去ったと同誌は伝えた。
こうしたマフィアの跳梁を許しているのは、明らかに当局のマフィア対策の遅れである。内務省幹部はその理由として、当局の組織的な対応の欠如、組織犯罪法を含む法整備の未完成などを挙げた。しかし、一番大きな問題は、行政当局や取り締まり当局とマフィアとの癒着である。安月給の警察官はマフィアからの賄賂の誘惑に勝てない。当局の捜査は筒抜けとなる。マフィアに引き抜かれる警官も少なくないという。モスクワ市警察長官によると、部下の95%が賄賂を欲しがっていると見ている(英『エコノミスト』94年7月9日号)。フルシチョフ氏の指摘のように、裁判官も買収されている。1万2000ドルで裁判官を買収できるそうだ(ブレシャコフ米国カナダ研究所員)。急進改革派のボロボイ経済自由党党首が7月テレビで、
「(ルシコフ・モスクワ)市長は事実上マフィアに雇われている」と発言して、大騒ぎになったが、モスクワ市独自の民営化政策実施に伴い、巨大な利権に群がるマフィアの影が見えるといわれる。前述のクワントリシビリは生前、側近に「市幹部の腐敗はものすごい」と語ったと伝えられる。「本格的な汚職捜査が実施されたら、イタリア並みの規模で政界、官界とマフィアとの癒着が暴露されるだろう」と『法律新聞』のオレグ・フィンコ編集長も語っている(6月24日付け『日本経済新聞』)。なお、10月31日上院の会議で明らかにされたところによると、経済犯罪は94年上半期に約30億ルーブルの損失を国にもたらし、その件数はすでに93年1年間の合計を上回ったという。
*ロシア内務省(ロシアないむしょう、ロシア語: Министерство внутренних дел、略称:МВД、ラテン文字での略称はMVD、英語: Ministry of Internal Affairs of the Russian Federation )は、ロシアの内政を管掌しロシアの警察機関を持つ(旧ソビエト連邦内務省Министерство внутренних дел СССР)。
マフィア容認の思想
ミハイル・クルビャンコ東洋学研究所主任研究員(岡山大学助教授)は分析する。ロシア社会は二つの大きな流れに分かれている。一つは無政府状態、その中でマフィアが新しいヤミ活動をやっていて、新しいビジネスマンたちは経済の無政府状態のなかで自らの利益を求めている。もう一つの大きな流れとしては、普通のサラリーマン、部分的にはインテリ層に広まっているもので、それは独裁は好ましくないが、憲法に従い、マフィアの活動をやめさせるためには、独裁も必要というムードだという。
「日本の戦後の混乱とは比較にならないが、一種のマフィアとかヤクザという社会はそれなりにお互いの競争が激しくなってきて、その激しい競争の中でお互いに寡占、独占が行われ、さらに仁義もあって、現実的なルール・オブ・ゲームというのが次第に下からできてくるという段階を普通迎えるもの。それがだんだん洗練されていったときに、本当の資本主義社会となるんだ」-2月24日開かれたアジア調査会アジア研究委員会の報告・討論会で、ある大学教授はこう語った。これに関連するが、前記フルシチョフ氏によると、ロシアでも弁護士や経済学者のなかには、「資本の原始的蓄積段階は、いつも犯罪的であった」と説明する者がいるという。「今日の盗賊やギャングが富を蓄えたあかつきには、何百万という金を生産につぎ込むようになる。そのときには彼らは安定を必要とするに至る。彼らはやがて議会にも議席を占め、大統領の側近や核爆弾発射ボタンでさえも操りながら、国家に秩序を作り出していく。それですべてが始まっていくのだ」というわけである。
*Русскийロシア語⇒Яку́дза (яп. ヤクザYakuza, やくざ야쿠자Acht-Neun-Drei) groupe du crime organisé au Japon (mafia).— japanische kriminelle Organisationen традиционная форма организованной преступности в Японии, группировки которой занимают лидирующее положение в криминальном мире страны. Члены якудза также известны как «гокудо»the extreme path (яп. 極道 гокудо: gokudō). В литературе и прессе якудза или её отдельные группировки нередко называют «японской мафией» или «борёкудан» bōryokudan (яп. 暴力団 бо:рёкудан, «насильственная группировка»violent groups).
こうした幻想は極めて危険であるとフルシチョフ氏は警告する。私も同意見である。資本主義への急激な移行過程で、疲れ切ったロシア国民は安定と秩序を望んでいる。しかし、「無慈悲な独裁」に導く「犯罪者による民主主義」や「犯罪者による資本主義」などにロシア国民の安らぎはあるのであろうか。
「民主主義は、ロシアでも米国でも二重基準に基いて打ち立てることはできない。歴史は”社会主義者の民主主義”も、”犯罪者の民主主義”もあり得ないと教えている。法律のないところに秩序は生まれない。民主主義は純粋な形でしか存在しない。無法手段によって秩序が生み出されると思わせようとする世論操作を、国際社会は許してはならない」-フルシチョフ氏はこのようにロシアにおけるマフィア独裁政権の出現に警戒を促した。
なお、ウルジー米中央情報部(CIA)長官は94年9月26日、ロシアでは犯罪組織が市民生活に浸透しており、エリツィン政権を脅かす存在になっていると警告した。同長官によると、犯罪組織は市民に「サービス」を提供する第二の行政当局になっているという。この「サービス」には、紛争の調停、銀行による低利の融資、貧困層への経済的援助などがあると長官は指摘した。
*Русскийロシア語⇒Роберт Джеймс Вулси (младший) (англ. R. James Woolsey, Jr., род. 21 сентября 1941) — американский политик, директор Центральной разведки и глава Центрального Разведывательного Управления (1993—1995), бывший председатель Попечительского совета Freedom House.
強権か敗北か
ロシア自民党党首ジリノフスキーは「強盗、盗賊のやからは見つけ次第、即刻、死刑にしてしまえ」と主張して、93年12月の議会選挙でかなりの票を集めた。安定と秩序を強く望んでいる市民の声を代表したからである。マフィア問題では長らく比較的音なしの構えだったエリツィン大統領も、ジリノフスキーの主張を横取りするような形で、ようやく重い腰を上げた。
「組織犯罪によるギャング行為などから市民を守るための緊急措置に関する」大統領令(6月14日署名。6月27日施行)がその一つである。これによれば、組織犯罪構成員の疑いのある容疑者に対して、捜査当局は銀行口座、所持品などの検査、30日間の身柄拘束(憲法上は48時間以内)、五年前にさかのぼって容疑者と同居していた縁者の捜査などの権限を有するとしている。
この「超憲法的な措置」を含む大統領令に対して、早速、捜査当局の権限濫用を懸念する声が上がった。大統領支持の改革派「ロシアの選択」が真っ先に「人権にかかわる問題」だとして反対し、大統領直属の人権委員会も大統領令の撤回を要求したため、同委員会の人事交代や委員会自体の廃止までがとりざたされた。ジリノフスキーの党を除く会派が「大統領令は憲法効力の停止を意味し、強権体制をもたらす危険を含む」(イリューヒン下院安全保障問題委員長・共産党所属)などと異を唱えた。下院は6月22日、同令の執行停止を大統領に迫る決議を賛成多数で採択したが、エリツィンはこれを一蹴した。
イリェシェンコ検事総長代行も「犯罪者の人権なら侵害しても構わない」と言い放った。「国内では一日に10件の爆発事件が起きており、状況は非常事態に近い」とフィラトフ大統領府長官は大統領令の正当性を主張する。エリツィン自らが率先して、93年12月の国民投票によって採択にこぎつけた新憲法は、プライバシーの保護、住居不可侵などの人権擁護が一つの柱であった。強力なマフィア対策を取るか、憲法を取るかの選択で、大統領は前者を選んだのだ。ジリノフスキーを念頭に置いた政治的な思惑が強く作用したと思われるが、しかしすでに手遅れであるとして、大統領令の実効を疑問視する声も出ている。
3 凶悪化する犯罪
犯罪の凶悪化と国際化
かつてモスクワは世界で最も安全な街のひとつであった。観劇の後の夜の散策も全く不安はなかった。ところが、昔のモスクワを知る人は異口同音に、今は、夜の一人歩きができはいほど治安の悪い「犯罪都市」となってしまったと嘆息する。ソ連時代は、殺人、誘拐など社会的な事件はビッグニュースだった。マスコミが報道しなくても、市民が口コミで伝えた。ロシアは今、暴行、強盗、殺人、麻薬などの事件では、もうだれもそれほど驚かない国になってしまった。
外国人も安心できない。いや外国人だからこそ危険が大きい。かつては外国人に対する犯罪は厳しく取り締まられていたが、資本主義ロシアでは外国人といえども特別扱いされない。外国人というだけで、物取りに襲われる。強盗に入られる。外国人も多くのロシア市民並みに、アパートのドアを二重に改造したり、頑丈な鋼鉄製の鍵と取り替えたりしている。日本の新聞では報じられなかったが、94年6月下旬、日本大使館員が二人、別々の場面で、道路で殴打されて、一人は意識を失って病院に担ぎ込まれるという事件が起きた。ロシアでは外交官も受難の時代となった。特派員の車が盗難に遭う。それも一台そっくり姿を消すことなど、もはや日常茶飯事となってしまったとモスクワ駐在の記者は言う。レストランで食事している間に車を盗まれる。警察に届けるが、盗難車はまず出てこないので、保険金で新車を買う。盗難保険の掛け金がうなぎ登りだという。ジプシー集団が繁華街で白昼堂々と、外国人観光客を襲撃する。彼らは狙った相手を取り囲んで、手を押さえ付け、身ぐるみをはがすのである。93年5月、私もモスクワの目抜き通り、ノーブイ・アルバート通りУлица Арба(旧カリーニン通りПроспект Калинина)で彼らに襲われそうになった。乳飲み子を抱えた複数の母親とちびっ子集団がイナゴの大群のように遠くから近づいてくる。実際に被害に遭った長期滞在の日本人特派員に前日話を聞いて用心していたため、近くの店に飛び込んで危うく難を逃れた。昔ならば、通りすがりの人たちは黙っていなかっただろう。今は、他人のことなど構っておられないといった様子で、横目でただ私のほうを眺めているだけだった。
*Deutschドイツ語→GypsyジプシーZigeuner ist im deutschen Sprachraum zum Teil eine veraltete Fremdbezeichnung, die auf Angehörige der Roma und auf Jenische angewendet wird.
外国人に対する犯罪といえば、7月19日サハリン州Сахалинская областьのユジノサハリンスクЮжно-Сахалинск(旧豊原)で、日本人会社社長が複数の男たちに襲われ、殺害された。社長は暴力団幹部でもあるため、マフィアと日本の暴力団との抗争との見方もあったが、所持金120万円が盗まれているので、金持ちの日本人を狙った強盗殺人の線が強い。ついでながら、マフィアと日本の暴力団(ヤクザ)との接触がすでにかなり進み、協力関係が確立されているといわれる(ルシャイロ・モスクワ地域犯罪対策本部長による)。日本の公安筋は頭を痛めている。サハリン州には17ヶ国から約1000人の組織犯罪構成員が進出しているという。ハバロフスク州、沿海州Примо́рье(プリモーリイェ)にもヤクザが出入りし、マフィアとの間で魚介類や中古車の合法的な取引のほか、トカレフ型拳銃や手投げ弾などの武器、売春婦、麻薬の非合法対日輸送ルートができているとの情報もある。若いロシア人女性の姿が日本各地の夜の街に増えつつあるのも確かだ。彼女たちはダンサーの資格でビザを取って来るが、事実上はホステスとして働くことが多い。半年ごとにチームで交替し、日本の暴力団とも組み始めていると言われる。彼女たちの数は、この二年間で激増していると公安関係者は語る。マフィアはロシア、ウクライナ、ベラルーシの女性をトルコ、ギリシャ、シンガポール、マレーシア、ドイツ、フランス、ノルウェーなどの国に売り、各国のナイトクラブなどで働かせる。「国際売春婦の輸出数」は年間に3500人と報じた新聞もある。
*A hostess club is a type of night club found primarily in Japan. They employ primarily female staff and cater to men seeking drinks and attentive conversation. The modern host club is a similar type of establishment where primarily male staff attend to women. Host and hostess clubs are considered part of mizu shōbai (literally "water trade"), the night-time entertainment business in Japan. . . kyabakura (キャバクラ), a portmanteau of kyabarē (キャバレー, lit. "cabaret"); and kurabu (クラブ, lit. "club"). . . Kyabakura hostesses are known as kyabajō (キャバ嬢) (cabaret girl), and many use professional names, called "genji name" (源氏名, genji-na)
増加する外国人被害者
ロシア内務省は6月、外国人のための犯罪予防の手引書を各国大使館に配布した。手引書は犯罪の半数は被害者の不注意によるとして、怪しげな人物・場所に近寄らないように警告している。取引も国家機関の代表やよく知られたビジネスマンに限るようにと呼びかけているが、マフィアとつながりのない相手を探すのは今や至難の業であり、外国人の不注意よりも、警察の怠慢のほうが問題であるという声が在留邦人の間からも出ている。内務省によれば、93年の外国人への犯罪は1万件、94年初めの数ヶ月ですでに4500件に達した。外国人殺人件数も93年は63人、94年半ばに至らない期間に65人が殺された。商談や会議出席のためにモスクワを訪れた欧米の企業代表者がホテルで被害に遭うケースが増えているが、もうニュースでも取り上げられない。
犯罪との関連では身近なエピソードをひとつ。前にも紹介した私の大学の同僚G先生夫妻が94年夏休みで帰国することが決まったとき、相談を受けた。何とか現金を直接もって行かないですむ方法はないだろうかと。モスクワの税関で申告した際、ドルの分厚い札束を不特定多数の人間の面前で呈示しなければならないかもしれない。どこかで悪い奴が見ている可能性がある。税関先も信用できない。後で強奪される危険が高いというのである。恐らく似たようなケースで被害に遭ったロシア人がいたのであろう。Traveller's chequeトラベラーズ・チェックДорожный чекやCash card(ATM card)キャッシュ・カードBank cardを作る時間がない。私も商社勤めの知人などあちこちに相談した。名案が浮かばない。思案の果てに、在モスクワ日本人の口座に送金し、向こうで現金を受け取るという案でいこうということになった。新潟の某地元銀行に急遽頼み込み、モスクワのある商業銀行に送金した。その際、万が一、事故があっても文句をいわないという趣旨のあらかじめ用意された英文の文書に署名させられたのにはG先生も驚いた様子だった。送金しても確実に届くとは限らないとの説明を受けたのである。
*Ники́та Серге́евич Хрущёвニキータ・セルゲーエヴィチ・フルシチョフМики́та Сергі́йович Хрущо́вムィクィータ・セルヒーヨヴィチ・フルシチョーウNikita Sergeyevich Khrushchev[a] (15 April [O.S. 3 April] 1894 – 11 September 1971) was the First Secretary of the Communist Party of the Soviet Union from 1953 to 1964 and chairman of the country's Council of Ministers from 1958 to 1964.
銃社会化と殺人の増大
「フルシチョフは60年代に、ソ連は20年後には経済力で米国を追い抜くと豪語したが、犯罪件数では今やロシアは米国を追い越したようだ」とあるテレビ・キャスターはニュース番組の最後で語ったという(邦字誌『エコノミスト』94年7月26日号)。空き巣とかこそ泥のような軽犯罪はソ連時代にもしょっちゅうあった。今のロシアでもそれは増えているが、それよりも犯罪の凶悪化が問題となっている。殺人、それに武器や爆発物による犯罪の増加だ。まず、委託殺人。93年、「故意の殺人」が2万9000件、武器襲撃は四万件起きたというデータがあるが、故意の殺人には、殺し屋を雇っての殺人も含まれる。委託殺人の場合、金融会社幹部が襲われやすい。モスクワ金融株式会社「クワント」のボグダエフ社長は94年8月23日夜、モスフィルム通りの自宅で正体不明の暴漢によって銃弾二発を頭部に撃ち込まれ死亡した。犯人は逃亡したが、現場にはマカロフ拳銃二個が落ちているのが発見された。
『モスクワ・ニュース』紙93年第21号によれば、ロシアでは年間1500件の委託殺人が起きている。その大半は立証不可能で、依頼主は利益配分で対立した実業家の場合が多い。依頼主は500ドルから1000ドルを支払う。摘発されたある殺人組織はモスクワの救難センターの一角に商社の看板を掲げて、70人の組織員「戦士」を抱えていた。戦士は15万ルーブルの固定給で働き、ほかに実行料5万から15万ルーブルを受け取っていたという。戦士は破壊工作専門の旧ソ連将校も少なくないらしい。治安機関の中央で働く少佐が組織と協力していた例もある。『論理と事実』紙94年第37号によると、政治家の委託殺人の場合、平均7万ドルで請け負われるという。同紙は、94年1~3月間で早くも、64万4000件以上の犯罪が記録され、その五分の一が凶悪犯罪、また全体の半分は迷宮入りだと伝えた。
殺人は主に銃器類で行われる。非合法に出回っている銃は6月現在、15万丁に達し、銃器を使った犯罪は過去三年間に五倍に増えた。93年の銃による殺人は3000件。強盗は1万件に上った。これらの銃の大半は軍の貯蔵庫から盗まれたり、カフカスなど民族紛争地域から流れ込んでいるのだという。ロシア軍の貯蔵庫からこの2年間で、自動小銃、機関銃など3万8000丁、手投げ弾30万個、爆薬21トンが盗まれた(6月7日内務省発表)、爆弾騒ぎもよく発生する。6月初めには、モスクワの中心街で高級車オベルが遠隔操作で爆破され、運転手が死亡し、持ち主のロシア最大の輸入自動車販売会社社長とボディ・ガードが負傷するという事件が起きた。マフィア絡みの犯罪と見られている。